85、私は振り回される
そんなこんなの末、どうにかこうにか先頭車両の運転席に辿り着いた私達は、拍子抜けという気分を味わっていた。割と真剣に私は、運転席に襲い掛かってくるような敵がいたら四肢を切断しようと考えていたのだけれど、運転席は無人だった。いや、無人じゃ駄目なんだけどね。
本来ここにいるべきセブンスヘブンの運転手は一体どこへ行ってしまったのか。まあ、出発前にあの双子に追い出されたか、出発後に追い出されたか。どちらにせよまともな行き先は想像できないけれど、そこの調査は私の担当ではないので意識の外へと追い出す。
ハンドルが勝手に動いているのは見ていて不気味だ。近頃話題の自動運転という奴だろうか。グースさんが言っていたように普段よりも速度が出ているならば、それは完全に故障しているわけだけれど。となるとやはり人力が必要になるわけだ。やっぱり最終的には人の手が一番なんだなあと思う今日この頃。
「グースさん、とりあえず速度を正常な状態まで戻して、駅に激突して大爆発なんていう事態を避けましょう。ブレーキを掛けても慣性で進まれたら完全にお手上げですし、なるべく早めに手は打った方がいいはずです」
「ええ、そうですね……」
「……どうかしましたか? なんだか歯切れが悪い返事でしたが」
「……これ、どれがブレーキなんでしょうか」
「は? え、いや、ちょっと待ってください。まさかここまで来て運転の方法が分からないなんて言いませんよね? 私もシユウ様も貴方が列車を運転することが出来るという前提に基づいて行動しているんですが? こんな終盤になって今更前提をひっくり返すことありますか?」
「まあ、私もそこまでじっくりとマニュアルを読んだわけではないですし、別に鉄道会社に就職しようと思っていたというわけでもないので。しかも読んだのも大分前の話ですし。むしろ、朧気でも覚えていることを評価してほしいくらいです」
「意外と貴方無茶苦茶言いますね!? 意外とっていうか先程から思っていましたけどグースさん自然に無礼ですよね!?」
「それは『自意識過剰』の副産物と言いますか。人よりも我が強いというのは、本音を隠すのが極端に苦手であるというのと同義です。昔からやたらと思っていることを口に出してしまうなと悩んでいたのですが、精密検査の結果能力の影響だと判明しまして」
「……うう、強く言えない理由が出てきた……」
「とはいえこの性格では働き口もなく、どうしようかと路頭に迷っていたところ、現ロデウロ王女のサロメ様に拾われまして。シユウ様もそんな私の性格に苦言を申されることも無かったので、ちょうどいいという話になり、現在シユウ様の執事を務めていると、そういう経緯です」
「……正直そんな話を悠長に聞いているほど時間に余裕はないのだけれど……」
「そろそろ我慢の限界だったので言わせていただきますが、アンナ様の性格の歪み方えげつないですね」
「完全にただの悪口ですわね!? なぜ最後まで我慢しないのですか!?」
まずい、これはまずい。正直言ってグースさんが列車の速度を落とせると思い込んで行動していたから他の策なんて一切考えていない。現在時刻は六時二十分。速度に関しての予測が正しければ到着まで、いや、激突まであと十分もない。かといって、この状況でできることは私にはない。
私の『ポケット』も、シユウ様の『六盾』も、グースさんの『自意識過剰』も、物理的な列車を停止させるということに関しては絶望的なまでに適さない能力だ。最悪、先頭車両と二号車の連結部分を切り離すという手もあるけれど、大惨事は避けられない最悪の選択肢だ。そうなるともう脱線させるくらいしか。
「アンナ様、大丈夫ですか? 何だか物凄い苦悶の表情を浮かべておられるようですが。何かありましたか?」
「何かありましたかって……、どうしたらセブンスヘブンを無事に止められるのかを考えているのですよ。ブレーキが分からない以上、多少乱暴な方法でも……」
「……私はブレーキがどれか分からないとは言いましたが、列車を止められないとは言っていませんよ」
「……………………は?」
「ほら、ここ見てください。この壁の蓋を。その上にとても分かり易く赤い文字で書いてあるでしょう。緊急停止ボタン、と」
「……書いて、ありますわね」
「考えてみてくださいよ、もし万が一、運転手が急病で倒れでもしたら、この列車は素直に追突するしか道がないことになってしまうでしょう。ですから、運転が出来ない者でもこの列車を止めるための機能が必要というわけです」
「…………」
「どうします? 滅多に無い機会ですし、アンナ様が押しますか?」
なんというか、なんと言えばいいのだろう。いや、広い目で見れば確かに早とちりしたのは私よ。だけど言い方が紛らわし過ぎるし、完全に騙しに来てるし。身長の差か。私とグースさんでは確かに身長に四十センチ近い差がある。少しばかり上の方に取り付けられているボタンが目に入らなくても仕方ないと言えば仕方ない。
多分子供とかがふざけて押さないようにするための措置ね。大人しか押せないように高いところに配置されているんでしょう。呑気に過去の話なんかし始めたのは、このボタンが目に入って焦る必要がなくなったから。むしろ、もう少しロデウロに近付いてから押そうとすら考えていたのかもね。
ただ、今の私にはもう一つ気になることがある。目の前に見える通信機。セブンスヘブンは明確な異常事態を示しているはずなのに、なぜ不自然なほどに静寂を保っているのか。もし管制室すらも組織に制圧されているとしたら。そしてそれの対応がここまで遅れるほど、シーツァリアが侵食されているとしたら。
うーん、そろそろ真剣に移住を考えるべき時期かしらね。でもシーツァリアという根本から膿を出さないと七か国全てにいずれ腐敗は回るわけで、そうなるとやっぱり組織の根絶こそが唯一にして絶対の解決法。例の特待生の居場所さえ分かれば、私が四肢どころか首すら切り離して猟奇的な殺人現場を作り出してやるというのに。
「もう何でもいいので早く押してください。この辺りからブレーキがかかれば、ロデウロまで丁度いいくらいの距離で停止するのでは?」
「最悪のパターンとしては、これを押しても止まらないという可能性ですね」
「わざわざ口に出さないでくれますか? 結構内心怯えているので!」
一分後、セブンスヘブンは完全に停車した。散々な初乗車だったけど、忘れられない記憶にはなったかしらね。




