8、私は検討します
「……私は、誰かに能力を打ち明けたのですか? そしてそれは信頼しているゆえだったのか、あるいは、使っているところを見られてしまったのか」
「自室で使ってたらメイドが入ってきてバレたらしい。口止めしても無駄だと判断したお前は、その話が広まるのを許容した」
「許したのではなく、諦めたのでしょう? 変なところで言葉を選ぶ必要はありませんわ」
「……ごめん」
本当にすぐ謝りますわね。私とそこまで教育に関して差があるわけではないと思うのですが、何故こうも簡単に謝れるのでしょうか。自分が悪いと分かっていても頭は下げるな、などと教えられている身としては、会話していると文化の差を突きつけられているようで良い気分ではありませんわね。
いえ、実際、シーツァリアの教えなど正しくないのでしょう。昔からの凝り固まった知識から抜け出すことの出来ない、時代遅れの孤独な国。そして私は、そんな国に育てられた前時代のお人形なのです。それを自覚してしまっているのが、私の最も不幸な部分なのかも知れませんわね。
「……まだ、その能力は誰にも知られてないよな?」
「ええ、話せば厄介なことになるのは目に見えてますもの。墓まで持っていくつもりだったのですが……、どうせ広まってしまうのなら、隠すのも止めてしまいましょうか」
「いや、逆だよ。今日からその能力使うの控えてくれ」
「は? 何故貴方にそのような指図を受けなくてはならないのですか?」
「もう忘れたのか? だから、最初に言っただろ。俺はお前を助けに来たの。七年後の処刑を回避するために、俺はこの国に来たんだから、お前に投げやりになられたら困るんだよ」
そういえば、最初にそんなことを言っていたような気がしますわね。その後の話が衝撃的ですっかり忘れていました。どうにもこの会話に現実味がないからというのもありますが。そもそも、この男が言っている通りのことが起こる保証などどこにもありませんもの。本来ならば、信じる価値のない妄言ですわ。
ですが、誰にも言っていない私の能力を知っているとなると、これはもう信じざるを得ないのでしょうか。確かに、彼自身が『未来視』の能力者でなかったとしても、ロデウロにいるという可能性もありはします。が、それが発覚するリスクを冒してまで私を助ける理由が見当たりません。
私は現状、たかが十歳の小娘。経済的にも政治的も、国の情勢に関与できるほどの影響力はありません。いえ、七年後となれば話は違いますか。将来的に王妃になる私に、今のうちに借りを作ろうとしている。近いうちに交易を絶とうとしている国に借りを作ってどうなるというのでしょう。
駄目ですわね。全く見当が付きませんわ。私の商品価値など、今の段階では無いようなものですし、私の家も国という単位からすれば、あってもなくても変わらないもの。と言うよりも、あの愚か者に謀殺されるなどという不名誉極まりない死を迎える私に、何かを期待するというのが根本的に間違っているのです。
「……分かりませんわね。ここまでの危険を冒して、自らを死の危険に晒してまで、何故私を助けようとするのですか? 私を助けることで、私が七年後のその先も生存することで、貴方に一体何の利益が発生するのですか?」
「利益? ああ、何か考えてると思ったらそんなこと考えてたのか。うーん、打算ありきじゃないって真っ直ぐ言えないのが少し辛いな」
「……打算もなしに、他国の王妃候補に未来を教える方がどうかしていると思いますわよ。何も見返りがないのに他人を助ける者などいませんわ」
「それは言い過ぎじゃないか? 本当に優しい奴だっているだろ」
「何も考えずに他人に手を差し伸べる人間は、いつか自分にも手が差し伸べられると根拠も無しに信じている愚か者ですわ。私はそれを、人間とは認めません」
「……苛烈ぅ」
世間的に、私の考えは受け入れられるものではないでしょう。無償の愛、見返りを求めない奉仕は、きっと誰にとっても甘美な善行として認知されます。それは間違いではありません。ただ、それ以上に正しくないだけですわ。他人に何もかもを貸し、それを回収しないのは、自分を捨てているのと同義ですわ。
それが正しい人間の在り方だと言うのであれば、きっと世界はどこかで道に迷ったのです。理想像がどこかで捻じ曲がったのです。他人に助けられることを、当たり前だと思うようになっては、人間はおしまいです。善人など、異常者の言い換えでしかないのですから。
もしシユウ様が、見返りなど要らない。助けたいから助けるだけだ、などと宣えば、私はその申し出を一蹴するつもりでした。ですが彼はそうは言わなかった。打算があると言った。ならばこれは取引です。少し前向きに検討するくらいは、してもいいかもしれませんわ。
「打算があるのでしょう? でしたら私は貴方を受け入れます。私は、この命と引き換えに、貴方に何を渡せばよろしくて?」
「……人生を」
「……結局命ですの?」
「俺と結婚してくれ。俺はきっと、そのために生まれてきた」
「……………………はい?」