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穴開ける次期王妃の婚姻譚  作者: 甲光一念
第三章 ロデウロ編
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79、私は窓の外が見られない

 天井に付いているスピーカーから肉声と聞き違いそうなほど鮮明な音声が流れる。他の車両がどうなのかは知らないけれど、さぞかし性能が優れた機器なのだろう。ユリーシクの高級オーディオで一度音楽を聞いてみたいところだけど、必要な機械類を揃えようと思うと真剣に洒落にならない額になるのよね。


 どうせ大した音楽好きというわけでもないから、高い機械で聞こうが、安い機械で聞こうが、私の耳では違いなんて分からないと思うのだけどね。携帯に入っている音楽をイヤホンで聞いているくらいが身の丈にあっているわ。携帯で時間を確認すると、午前六時の五分前。そろそろ出発ね、ああ、不安になってきた。


 今更何を言い出すのかという話だけど、私は電車を信頼していない。車とは比較にならないほどの速度を長時間出し続けて走るわけだから、事故が起きない方がおかしいとすら思っている。だって車輪が線路から少しでもずれたら大惨事になるわけで、そんなの道路を走ってる車よりも危険だと思うでしょ。


 乗り慣れているのであろうシユウ様は横の席で携帯をいじって何かを調べているようだけど、こういう時こそこっちに気を向けてほしいものなのよね。私の気を誤魔化すために少しでいいから協力してくださいよ。しかし、そんなことを素直に言えれば私はとっくにシユウ様にもっと馴れ馴れしく話しかけている。


 グースさんは備え付けられているポットで紅茶を入れている。そのポットもティーカップも茶葉も、どれもこれも少し見れば高いものなのだろうと予想できるわけだけど、これ以上具体的な情報としてこの車両の内部を知るのはあまり精神的によろしくない気がする。なんでこんな性格になっちゃったんだろう。


 どうにも昔から裕福という感覚なく育ってきたせいか、高価な物、高級な物に拒絶反応があるのよね。いえ、嫌味とかではなくて。贅沢をするということが無いのよ。外食は滅多にしないし、物欲があるわけでもないから散財することもないし。服にも興味ないし。


 買うとしたらせいぜいが本くらいのものだけど、それだって一月で一万を超えることはないし。というかそもそも贅沢っていうのはどういう行為のことを指す言葉なのかしら。ああ、これ考えると余計分からなくなるやつだわ。もうここで終わりにしよう。


「アンナ様、紅茶は苦手ではありませんか? 宜しければこちらをどうぞ」

「あ、ありがとうございます。……いい匂い、ですね。何の香りですか?」

「パッケージが無表記だったので具体的な所は分かりませんが、香りから察するに、何らかの花の匂いでしょう。となれば、これはハージセッテで製造されたものはず。ハージセッテにある紅茶の工場と言えば?」

「え、あ、ティアドロップ社でしょうか? 当たり外れが大きい会社として有名なはずです」

「その通り。この三号車には度々、高級品として売り出そうかどうか悩ましいという商品が置かれます。試作品段階のものですね。先程のチョコレート然り、この紅茶然り。香りから判断すれば今回は当たりだとお思いでしょうが、実際はそうとも限りません」

「香りが良くても味が良くないと? それを平然と私に出すとは、なかなかですわね。リーデアが貴方を協力者とした理由がなんとなく分かった気がします」

「……まあ、確かに私と彼女に似ている部分があるのは認めます。主を主として少し舐めているところとか」

「おい! 俺のこと舐めてたのかよお前!」

「自己管理もまともに出来ないシユウ様を純粋に上に見ろと言うのはなかなかに難しい要求では? 朝自分で起きられず、夜は放っておけばいつまでも起きている。部屋の片付けもまともに出来ず、書類の管理も杜撰。これで尊敬しろというのは……」

「分かった……、俺が悪かったから……、それ以上俺の恥部を口にするな……」

「圧倒的に立場が弱いですわね。主従関係が欠片も構築されていないではありませんか」


 まあ、日頃からリーデアに舐められている私が言えたことではないのだけど。リーデアもなんであそこまで私に馴れ馴れしくなってしまったのか不明なのだけどね。確かに屋敷の使用人の中で最初に私と接してくれたという点で、仲良くなる要素は揃っていたけれど、でもあそこまで気安くなるようなきっかけはなかったはずだ。


 まあ、今更馴れ馴れしくするななんて言うつもりは微塵もないけれど、理由が分からないというのはどうにも気持ち悪い。リーデアがあそこまで私を贔屓するような理由なんてないはずなのだけれど。出処の不明な善意ほど信用し難いものもない。いや、リーデアを疑っているとかそういうわけではないわよ。


「私と彼女が協力関係にあるのは、目的が共通しているからですよ。本当になんてことはない、ただのちょっとした望み。しかし、このままでは叶わないであろうそれを叶えるために、我々は手を組んだのです」

「……貴方の言うその望みとは?」

「主が幸福に生きること、その一点に尽きます。具体的な干渉が不可能な立場である以上、こうして陰からこそこそ動くしかないのです」

「……結構堂々と動いているような気もしますが」

「そんなことは。結局シーツァリアの王族にバレなければ問題のない程度のことでしかありません。おっと、今のはここだけの話ということで」

「もう少しわざとらしさを隠せませんでしたかね?」


 なるほど、この性格ならばリーデアとさぞや話も合うでしょうね。私も知らないようなシユウ様の情報をいつの間にか持っていると思ったのだけど、彼に聞けばまあなんでも答えてくれるでしょうね。今はシユウ様がいるので言葉を選ばざるを得ないけど、ロデウロ滞在中にシユウ様が席を外すことは絶対にある。


 好きなものとか場所とか聞いて、これからの関係を可能な限り私優位にしていきたいところ。頑張れ私よ。そんな決心を固めるのと同時にアナウンスが響き、静かに、あまりにも静かに列車は発進した。手に持った紅茶が一切波打たないほど、拍子抜けなほど静かに。ここから徐々に加速していくのよね。え、待って、思ってた以上に怖い。


 窓の外を高速で流れていく景色なんか見たら私気絶するのでは。

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