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穴開ける次期王妃の婚姻譚  作者: 甲光一念
第三章 ロデウロ編
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78、私は理解に苦しむ

 列車が発進するまでは席に座っていなくてはならないので私も大人しく座っているのだけれど、どうにも落ち着かない。私が電車とか列車に乗り慣れていないからというのもあるだろうけれど、問題はそこだけではない。内装が豪華すぎる。いや、露骨に金銀でギラギラとかそういう嫌味な感じじゃないんだけど。


 なんていうか、全体的に落ち着いた成金というのが表現としては適切かしら。今ここに乗っているのはロデウロの第二王子だけど、七か国の王族は基本この車両を利用する。だからでしょうね。目に映る全ての家具が一つ数百万は下らないブランドものばかり。


 そういうものを見極める能力というのも昔から叩き込まれてきたからある程度分かるのだけど、この一車両を形成している総額だけでそれなりの豪邸が一つか二つ建つわね。例えば私が今座っている座席。このクッションは以前に座ったことがある感触ね。


 多分ハージセッテ産の最高級コットンが使われている気がする。生産量が現状少なすぎるせいで、人一人分の大きさのクッションですら一つ数十万すると言われているそれだと思う。二度触ったことがあるだけなので絶対にそうだと断言はできないけど、この柔らかさは感触で覚えている。


 それがこの車両にある一人掛け用の八つの座席にふんだんに使われている。一脚おいくらほどかかっているのだろうか。聞いてみたいけど私の金銭感覚的に聞いたら卒倒しそうな気もするし、品格を疑われるようなことになるかもしれない。というか多分もう座れなくなる。


 ここからロデウロ到着まで立ちっぱなしという状況になるのは避けたい。まあ、立ちっぱなしになるにしてもどのみち高価なものを足蹴にするという状況に変わりはない。足元に敷いてある絨毯の柄には見覚えがある。と言っても実物ではなく本で写真を見ただけだけど。


 確かセルムで織られている絨毯だったはずだ。やたら複雑な織り方をしてるせいで技術の継承者がいなくて困ってるとか書いてあったはず。車両分の面積を織ろうと思ったらそれだけの時間がかかっていて、果たしていくら請求されるのかなんて想像もつかない。


 それを当たり前のように踏んでいる。正直それだけで気が遠くなりそう。本来の私の身分的にはこんな列車なんて乗れないのよ。シユウ様が、まあ、私の分まで運賃を払ってくれているのが当然のようになりつつあるし、私もそれにもう遠慮することもしないけど、それとこれとは話が別。


 ああ、落ち着かない。普段の学校の談話室があまりにも恋しい。シユウ様は備え付けてあるお菓子を食べて首を傾げているけれど、それもそこそこ高価なお菓子じゃなかったかしら。食べ物には疎いのよね。私って好きなものしか食べない人種だから。


「……なあアンナ。このチョコ今食べたんだけどさ、なんか美味しくなくない? 苦いとかそういうわけじゃないんだけど、味のバランスが悪いっていうか……、高いお菓子だぞ! 嬉しいだろ!? って凄い訴えかけてくる味がするんだけど」

「いや、意味が分からないんですが……。そのチョコ、確か一つでも結構なお値段がした気がするのですが、高いのに美味しくないなんてそんなわけありません。高いものは美味しいから高くあることを許されているはずです。でしょう?」

「その意見自体には心底同意なんだけど、これに関しては擁護できないな。開発者は何を考えてこんなん作ったんだろう……」

「……一つ頂けます? 流石にシユウ様がそこまで言うとなれば、私も味見せざるを得ません。高価なものに慣れていない人間は、それを口にするとき総じて味が分からなくなるものですが、今はそれを無視して、シユウ様の意見を吟味することといたします」

「そこまで崇高な覚悟は持たなくてもいいんだけど……、はい」

「ありがとうございます。では……、……、……? …………?」

「凄いな、顔の周りに大量の疑問符が浮かんでるぞ。自分は今何を噛んでいるんだろうって思ってるなって言うのが伝わってくる表情だよ。初めて見たわそんな顔」

「……美味しくは、ないですわね。香りが良いわけでも、ないですわね。……虚無、ですかね」

「……ふふふ、虚無……、チョコ食って感想が虚無って……、有り得るか?」

「強いて言うならば、先程シユウ様が言った通り、高い味がする、という所でしょうか。値段に見合うような味とも思えませんが、確かに高価な食べ物を食べているという感覚だけが口内に残ります」


 なんだろうこれ。不味いわけではないのだけど、感想が出てこない。評価するに値しないというのが正しいのかしら。口の中にチョコの風味が残留しているけれど、正直チョコを食べてこんな不快な気分になったのは初めてよ。というか、不快にもならない。


 酷い言い方をするなら、食べ物として失格というか。これを誰かに食べさせるという神経が本当に信じられない。まさか市販品じゃないわよね。王族専用の特殊な食べ物とかであってほしいのだけど。これを好んで買っている誰かがいるかもしれないと思うだけで悲しくなる。


「なあグース、お前もちょっと食べてみてくれない? 俺等が子供舌なだけかもしれないし」

「はあ、まあ、食えと仰られるのであれば食べますが。しかし、誰が食べても感想は変わらないと思いますよ。それはそういうものですから」

「あれ、これがどういうチョコか知ってんの?」

「ええ。それはチョコというよりは、要素、と呼ぶ方が適切でしょうね」

「要素?」

「先日、そのチョコレートを製造している会社、フィードバック社がある発表をしたのはご存じですか?」

「革新的な新商品、とかいうあれか? 確か詳細は後日発表するとかなんとか言ってた気がするけど」

「その新商品の試作品がそれですよ。能力によって食品からそれを構成する要素のみを取り出したもの。先程のお二人の感想を聞くに、高級感という要素の塊であると推測できます」

「……シユウ様、何を言っているのかさっぱりなのですが」

「安心してくれ、俺も分からん」

「簡単に説明しましょう。チョコレートに限らず、食品というのは要素の集合体です。味、匂い、風味、ブランド、環境、色、形、そして高級感。それを口に入れることで、人間はそれがどういうものなのかを認識し味わうことが出来ています。その要素を、もし個別で成立させることが出来たら、という実験の副産物なのですよ、それは」

「……味や匂いをチョコレートから取り除いたものが、この、高価であることだけを脳に伝えてくれるチョコレートのような何かだということですか?」

「その通りです。能力の使用が前提であるゆえに、生産数が極めて少なく、現状では売り物にならないという点から、王族の意見を求めるという意味合いでこの三号車に置いてあるのです。これを呼称するのであれば、チョコレートではなく、高級感の塊だというべきです。これは、それ以上でもそれ以下でもないのですから」

「……最後まで説明を聞いてもどうにも理解できませんね。要は私達は今、高級感そのものを食したということになるのでしょうか。それはもはや、食べ物とは言えないのでは……?」

「……いや! ていうか! 売り物にならないもん王族に食わせんなや!」

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