77、私は目を疑う
「……わあ」
「アンナって列車乗ったことないのか? なんかさっきからやたらと物珍しそうにキョロキョロしてるけど」
「乗ったことはあると思いますが、記憶にも残っていない程昔のことだと思います。なんとなく見覚えのある景色ではあるのですが、そもそも家族旅行などもしたことがありませんし、初等部の修学旅行は風邪とかぶって欠席しましたし」
「あれは嫌な事件だったな……。アンナと一緒にプレント観光だイエーイって思ってたら直前になって風邪で欠席しますだもんな。いやあ、あそこまでテンションの落差が激しかった旅行は後にも先にもあれだけだと思う」
「それに関しては本当に申し訳ないと思っています。中等部の修学旅行はしっかりと一緒に回りましょう。どこに行くのかはまだ決まっていないのでしたっけ?」
「まあ表向きはな。実際はもう決まってる」
「決まっているのは予想の範疇だとしても、なぜそれをシユウ様が知っているのです?」
「そりゃあ、行き先はアンナを優先して決まったからな。俺がそこに関わるのも必然というか」
「ちょっと待ってください。私を優先して決まったって何ですか? 私達ってまだ中等部に進学して一月程度しか経っていませんよね?」
「ほら、懇親会関連で警戒度が高まってるからさ、今後の旅行とかに影響が出てるんだよ。他国の学園でシーツァリアに修学旅行に来る国って今年は無いんだけど、校外学習とかで来る国はあって、それをどうしようかって話になってるわけ」
「……なるほど、組織の影響の余波がそんなところにまで広まっているとは思っていませんでした。私のせいだとは微塵も思いませんが、狙われた身としては少しだけ申し訳なさを感じずにはいられませんね」
「もしアンナの責任とか言い出す奴がいたら俺が全力で黙らせるけどな」
「余計なことはしなくて構いません。それのせいで私の印象が悪くなったらどうするおつもりですか。というか正式な婚約者でもない私をそこまでして庇ったらどう考えたって不自然に映ります」
「あーそれもそうか。なんか最近その意識が希薄になって来てる気がする。学校内でも二人でいる時間が長くなってきてるからさ、なんか頭の中でもう俺らの関係が公認のものになりかけてるっていうか」
「その意識は物凄く危険なので今すぐに改めてください。見咎められて泣くことになるのは貴方なのですから。留学を強制的に終了させられても構わないというのなら別に止めませんが」
「それは泣くわ」
駅員の方にシユウ様が身分証明書を提示し、そのまま流れるように一番ホームへと入場。私にまでそこまで腰を低くする必要はないのだけど、まあ王族の客人という立場である以上、それなりの身分であることは確かだという認識なのでしょうね。実際、この国の次期王妃なわけだし。
この次期王妃という肩書も私の中で随分薄っぺらくなったわね。昔は自分一人じゃ支えられないほどに重い十字架だと認識していたのに、今じゃ正式に婚約破棄がなされる前にこの肩書を使って何か得が出来ないかなどと考えている。便利な身分証明であることは間違いないのだけど、有効活用と言うと話が難しい。
シユウ様の立場も含めて考えれば、王妃という看板を振りかざして傲慢になるというのは無理な話だし、そもそも私の性格的にそう言うのは好きじゃない。もっとこう、自然に私を持ち上げてくれるようなと思うのだけど、学園の蝿みたいなのに群がられても全く嬉しくない私がそういう対応を受けていい気分になるわけもない。
だからやっぱり、私って性格的に誰かの上に立つのって向いてないのよ。人に指示するとか、集団の方向性を決めるとか、そういう教育だけは今も受けているけど、実際にそれをやれと言われると多分何処かで致命的な失敗をやらかすと思う。失敗って言うのは結局自分に大体返ってくる。
セブンスヘブンの外観は一般的な新幹線からそこまでかけ離れたものではない。内装は寝台列車のちょっと豪華なバージョンを想像してもらえると分かり易いかしらね。全七両の各車両はそれぞれ七か国の髪色で塗られている。どれか一つにすると贔屓感が出るからでしょうね。
先頭車両から、赤、緑、黒、白、青、紫、金の順番。この順番にどういう意味があるのかは知らない。あるいは意味なんてないのかもしれないけど、見ていて目に優しくはない色合いになっているのは事実ね。そしてこの三両目。ロデウロの髪色である黒色の車両が、王族御用達を謳われている。
しかし、この状況って傍から見るとどういう風に映っているのかしらね。自分の荷物を王族に運ばせているやばい女になってないかしら。王族を顎で使うのは確かに常識外れですが、シユウ様を使うことにはもう慣れてしまっているというか。これ完全に感覚麻痺ね。ロデウロに行っても似たような感覚で振る舞わないように気をつけないと。
三号車の入り口前で待っていた男性に私のスーツケースを手渡すシユウ様。中に運んでくれと言っているようだけど、初めて見る顔ね。シユウ様の護衛なら何人か見たことがあるけど、目の前にいる男性はロデウロの人間らしからぬ華奢な身体。執事のような細身のスーツを着てしまっているから体型が余計に目立っている。
「あ、そういえば初対面か。紹介するよ、俺の秘書……秘書? なんかしっくり来ないな。執事っていうのも違うし……」
「お初にお目にかかります、シーツァリア次期王妃、アンナ・デルスロ・フォーマットハーフ様。私はシユウ様のスケジュール管理、健康維持、目覚まし時計の代役、家庭教師、秘書、部屋の掃除、テレビゲームの相手、カードゲームの相手、ボードゲームの相手、専属カウンセラー、諸々のアドバイザーなどを務めさせていただいております、グース・ガンク・エンターテイムと申します。本日のご同行には感謝しています。シユウ様の機嫌が昨日から良くて良くて」
「名乗る前の紹介が長えな。しかもかなりいらんこと言ってたし」
「まさか。私がシユウ様に都合の悪いことを具体的に話すわけがありません。匂わすくらいですよ」
「それが問題なんだよ!」
この人がグース、リーデアが事あるごとに連絡を取っている優良物件。リーデアを任せるに相応しいのか、見極めるのにいい機会かもしれない。にしても、想像していた以上に整った顔ね。しかも若い。これ二十代前半くらいじゃないかしら。あれ。確か前に年齢は聞いたわね。三十二とか言っていたような気がするんだけど。
うっそでしょ。わっか。




