76、私は背中を見る
「私が服を着ないまま出歩くような女に見えるのであれば、今すぐにでもその役に立たない目玉をくり抜いて差し上げましょうか? 見えないようになって初めて見えるようになるものがきっとこの世には沢山あるでしょうから」
「それ以上に見えなくなるものの方が多いだろ。いや、でもこれは俺じゃなくても思うって。せめて半ズボンとかに出来なかったのか? さっき言った通り似合ってはいるけど、目のやり場に困るんだよ」
「半ズボン……、いえ、別にシユウ様に必要以上のお洒落を期待しているわけではありませんが、それにしたって……」
「やべえ、女子の服に全然詳しくないのがバレる」
「遅すぎます。今更隠しても無駄です」
シユウ様の服装は、何と言えばいいかしら。別に特徴がないわけでも気を遣っていないわけでもないはずなのだけど、どことなく没個性的と言いますか。興味がないのとはまた違う気がするのだけど、自分を消そうとしているような気もしてしまうほどに普通。普通の普通。
多分そうやって直接的に言っても本人は肯定も否定もしない気がするので何も言わないけど、ジーンズにシャツ、半袖のパーカーという服装は、どう贔屓目に見ても目立つ格好ではない。パーカーということでお揃いと思うかもしれないけど、私の着ているものと違いシユウ様のそれは完全な無地。個性の欠片もない。
それなりの人数が周辺を歩いているのに誰もシユウ様に視線を向けないのがその良い証拠だ。誰もシユウ様を王族として認識していないから当然のようにスルーされている。あるいは、これが目的なのかもしれない。必要以上に目立たないための地味さと言うか。
今、私とシユウ様がいるのは駅の中央口の前。いくつかの入り口があるけれど、ここが一番大きいものとして有名ね。駅の周辺は年中観光客やお土産を売っているお店などで盛り上がっていると聞いていたけど、時間が時間なだけにそういう盛り上がりはない。
これからセブンスヘブンに乗るのであろう人が駅内に入って行くけど、どう見てもテンションが低い。時間帯の問題もあるだろうけど、ここがシーツァリアだからっていうのもあると思うのよね。シーツァリアから出ていく人、シーツァリアから帰っていく人。どっちにしろ碌な理由じゃない。
「よく寝坊しなかったな。グースから聞いた話だと、連絡した時そっちのメイドがやたら興奮してたから、出発時間に間に合わないかもしれないとか言ってたんだけど」
「ええ、日付が変わる直前くらいまで着せ替え人形にされていましたよ。結局彼女の意見はすべて無視して、動き易さ重視のものにしましたから、あの時間は完全に無駄でしたがね」
「いいなあそのファッションショー。次やる時は俺も呼んでくれよ。アンナの色んな格好見てみたいし」
「着替えを盗撮されそうなので嫌です」
「そんな露骨に犯罪に手を染める奴だと思われてんの俺!?」
正直言って、王族というのは例外なく、大なり小なり法律に抵触はしていると私は思っている。それが表沙汰になるか、誰も取り上げないかというのが普通と違うだけで。正当性という光があるなら、そこにそれとは程遠い影が生まれるのは必然とも言えるわけで。
冷静に考えれば、他国の次期王妃を秘密裏に口説いている時点で割と違法的というか、将来的に死ぬという不確定な情報を吹き込んでいる段階で余裕でアウトなのよね。愚かにも私がそれを信じているから問題になっていないし、それを知っている誰もが何も言わないからすれすれなわけだけど。
多分、これって第三者が話を聞いたらシユウ様から私への脅迫になるんだと思うのよ。このままだと処刑される未来になるから、死ぬか、自分と結婚するかのどっちかを選べ。後者だったら自分が助けてやるっていう、結構下衆さが表に出てる露骨な犯罪なのよ。
別にだからってシユウ様が犯罪に手を染めてのほほんとしているなどと邪推するほど、私は性根がねじ曲がってはいないけど、この人は目的の為だったら躊躇なく犯罪でもなんでもしてしまうのだろうと内心思っている。私のためだけに色々やっている人だ。無駄な行動力自体はすでに証明されているようなものだし。
「朝から駅まで来て結構疲れてるだろ? とりあえず乗り込んじゃおうぜ。ほい、荷物貸して」
「あ。……ありがとうございます。……そういえば、昨日の別れ際の私については、何も聞かないのですね。シユウ様の事なので、もっとグイグイ来て適当にあしらうことになると思っていましたが」
「んー、まあ、これからずっとあの話し方してくれるって言うならそれは嬉しいことだけど、アンナの方がそんなに乗り気じゃないっぽいなって思ったからさ。一回試してみるかくらいの感覚でああ言ってくれたなら、それを俺が強要するのは違うなって思うわけよ。いつか、その方がしっくり来るなって思ってくれたら、その時にそうしてくれればいい」
「……貴方は怖いもの知らずみたいな雰囲気の割には、何かをする際にとても慎重になりますね。まるで、考えないままに行動した結果、取り返しのつかない失敗を犯した経験でもあるかのように」
「……そう見える?」
「そもそも隠していないのでしょう? 誰も疑わないから、隠す必要もない」
「……そっか」
先日の懇親会から、私はシユウ様にある疑いを持っている。そもそも、大前提としてシユウ様の行動は全てがおかしいということを、今更ながら改めて念頭に置かなくてはならない。知っているはずのない未来のことを詳細に知っているということも含めて、最初から。
私は今まで、シユウ様の周囲に誰かしら情報を齎す者がいると考えていた。けれど、考えていくうちに自然と、そんな存在は有り得ないと結論付けざるを得なかった。つまりそういうことなのだ。シユウ様に未来視の能力を持った協力者など存在しない。
それを確かめに行くという目的も、ロデウロへ行く理由に含まれている。これはシユウ様を信頼しているがゆえの行動ではなく、信頼していないがゆえの行動だ。彼は私に隠していることがある。そんなことは初めから分かっていたけれど、そろそろ放置できなくなってしまった。
ユウ・エゴ・スクリーンオルタに向けられたあの並々ならぬ憎悪の感情。たとえ未来を知っていたとしても、まだ辿りついていないそれに対して、あそこまで憤ることが人間に出来るだろうか。私は、シユウ様を信頼しているけど、それは無条件のものではない。
シユウ様もそんなことは理解しているから、今の私の発言に碌な返事をしなかったのだろうと思う。真実を知って、それでも私はシユウ様を信じ続けることが出来るのか、それはまだ分からない。何を隠しているのかを知って、それらを纏めて許容できるのか、私には分からない。
私の前を歩くシユウ様の背中は、何故かとても、弱々しく見えた。




