73、私は寝たい
はい、説得完了。うちの両親を言い包めるなんて台詞の一つも必要ないわ。明日から連休が始まるのも私にとって運が良かった要素の一つだと思う。一年は三百六十五日で、今は五月。世間的にゴールデンウィークと呼ばれている大型連休だ。
それぞれの国が五月の始めに一つずつ祝日を作り、それらを全ての国に適用することで成立した十一日に渡る大型連休。シユウ様を遊びに誘ったのはこの期間が丁度良かったという部分もある。なにせ十一日。二百六十八時間。それだけあれば大抵のことはできると思っていたけれど、まさか事件の解決に乗り出すことになるとは。
まさかそれをそのまま言うわけには行かないので、シユウ様に観光に誘われた、自身の見識を広めるために是非外泊を許してほしいということを極めてまどろっこしく遠回りに述べたところ、あっさりと許可が出た。礼儀として後でシーツァリアに連絡をすると言っていたけれど、余計なことを言わなければ許す。
妹が付いて来ないかという懸念に関しては大丈夫だと言える。あの子がこの連休の予定をギチギチに詰めているということを私は知っているし、中等部の勉強が難しいとかの適当な言葉を並べて妹からの誘いの全ても回避した。紛れもなく、私とシユウ様の二人。
何か忘れている気もするけれど、早いところ自室に戻って、明日の準備をしましょうかね。去年の修学旅行で使ったスーツケースはどこにしまったかしら。というかあれ私しまってないわね。ああ、何を忘れてたかようやく思い出したわ。私が自室の扉を開けると、そこには楽しそうに服をケースに詰める女の姿。
「ほほほ、聞きましたよ聞きましたよ。王子と二人で外泊とは外泊とは。アンナ様もなかなかやり手ですねえ。おほほほほ。これは朗報と思い私からお祝いの品を用意させていただきました。こちらをどうぞ」
「……何この、妙にサイケデリックな色の箱は」
「避妊具ですもごぁ!」
「気が早いのよ。私達まだ十二歳なんだけど忘れちゃったのかしら?」
リーデアに手渡された箱を笑みを浮かべる口にねじ込む。ああ、メイドの涎が付いちゃったわね。汚いからいらないのでとりあえず持って帰ってほしい。なぜ彼女は方向性の極めて間違った親切を発揮してくるのかしら。絶対私をおちょくりたいだけでしょこれ。
勢いよく咳き込みながらベッドに倒れ込むリーデアを横目に、ケースの中を覗く。見える限りでは普通の物しか入っていないけれど、リーデアのことだから少し見たくらいじゃ分からない場所にふざけたものを仕込んでいそうなのよね。というか、同じ箱が入ってても全然不思議じゃない。
「まあ、中身の検査は後にするとして、私がシユウ様と出かけるという情報はどこから仕入れたのよ? まさか盗み聞きしてたわけじゃないでしょうね?」
「まさかまさかのそのまたまさか。そんなわけないじゃありませんか。私は私の情報網を駆使したまでです」
「…………ああ、例の彼ね。そっちからこんなに早く連絡が来るの?」
「そりゃもう。特に明日出発ともなれば、私が一刻も早く準備するのは当然の流れです。明日の何時に出ていくのかまで、私が把握しています。むしろ、私の協力がなければ困るのはアンナ様の方ですよ」
「なんで私よりも私の詳細を把握しているのよ……。ありがたい話ではあるけど」
「私的に何か一番不安ってアンナ様がロデウロから何日で帰ってくるか分からないのがどうにも不安で……。アンナ様がいなかったら、フォーマットハーフ家は実質滅びたに等しいわけですし、私達使用人のモチベーションも保たないですし」
「いつ帰ってくるとかの話は彼としなかったの?」
「未定って言ってましたけど、違うんですか?」
確かに未定だ。いつ帰れる、という点には、問題が解決したらと返せるが、じゃあいつ解決するのかと言われれば、誰にも分からないと言わざるを得ない。そもそも今回のこれは別にリーデアが期待しているようなロマンチックな旅ではない。七か国の存亡が掛かった一大事を勝手に遊びにしているだけ。
不謹慎と言えば不謹慎なのだろうけど、付いていくという判断が間違っていたとは思わない。シユウ様の目に歓喜が浮かんでいた以上、下がっていたモチベーションを上げる程度の効果はあったはず。そうなれば自動的に解決までの期間は短縮され自由時間は増えるだろうし、シユウ様と一緒にどこかへ、なんて考えが無いわけでもないけど。
「王子がやたらとテンション高くて心配になるって言ってたんで、てっきり一線越えたものかと思ったんですけど違うんですか?」
「貴女もう少し穏やかな考え方できないの? なんで最初から今に至るまで性的な可能性しか検討できないのよ」
「だってその方が面白いですし……」
「クビね」
「冗談ですって。アンナ様にいきなりそんな大それたことをする度胸なんてないのは分かってますから、あんまり真に受けないでくださいよ」
「やっぱりクビね」
「ごめんなさい、私が悪かったのでクビは勘弁してください」
ベッドの上で本格的に綺麗な土下座を決めるリーデア。なぜ私のベッドの上でやるの。普通土下座って地面とか床でするものでしょ。靴脱いでるからいいとかそういう問題でもないわ。なんだか私の成長と比例して無礼になっていってる気がするのだけど普通逆じゃないの。背の伸びた私を敬いなさいよ。
なんだ、あれか。胸が成長しないからか。メイド服の装飾で隠されてはいるけど、一枚脱げば豊満なそれが明らかになるからって私を舐めているのか。大きさが偉さか。そのうち大きくなるとか私を慰めているときも内心では嘲笑っているのか。熟れた果物みたいに地面に落ちればいいのに。
「……今、背中に凄い鳥肌立ったんですけど、何か怖いこと考えませんでした?」
「別に。私にとっては愉快なことだから。貴女にとっては死に等しいかもしれないけどね」
「やっぱり怖いこと考えてるじゃないですか! うわーん! クビだけは許してくださいよー!」
死ということへの認識に結構な齟齬があるわね。私のベッドに顔を押し付けてわざとらしい泣き声を上げているリーデアから目線を逸らし、枕元の時計を見る。長針と短針が直角を表している。午後九時。さて、私は今日何時に寝られるのかしら。




