70、私は卑屈に気付く
「で、いつ頃予定空いてる? ロデウロ行こうぜ、ロデウロ」
「……よくこの状況でそこまで悠長なことを言っていられますわね。その楽観的な言動、態度を私も少し見習いたいものです」
「褒められてる?」
「皮肉です。今はそんな場合じゃないでしょう。あのユウ・エゴ・スクリーンオルタを捕まえなくては七か国に未来は無いというのに、呑気に遊びになどと言えるとは余程の享楽主義者とお見受けしますわ」
「いやいや、まさか俺だって一から十まで全部が全部遊びまくろうなんて計画してるわけじゃないって。一から九……、いや、一から八くらい? ……そんな目で見るなよ」
私がほんの少しの侮蔑を込めた目でシユウ様を見つめると、苦笑いを浮かべながら前のめりになっていた上半身を元の位置に戻した。本当に少しだけの侮蔑だったのだけれど、私からの悪感情に対して敏感すぎる。というか、そんなことを口に出せば私からこういう反応が返ってくることくらい分かっていただろうに。
確かに遊びに行こうと誘ったのは私で、私にもその欲望があるのは間違いない。けれど、宗教組織が国内で膨らみ続けているという現状を放置して他国に遊びに行けるほど私は無責任ではないつもりだ。私に出来ることなどそこまで多くはないだろうけど、帰ってきたときにシーツァリアが支配されてるとか洒落にならない。
「ではお聞きしますが、その残りのニは一体何をするおつもりで? 他国で私が関われることなど無いと思いますが」
「まあ、兄貴と父さんに会ってもらおうかなって。一応今のうちから顔見知りくらいにはなっといた方が気楽だろ?」
随分と気軽に言うわねこの王族は。ロデウロ現国王と次期国王に会えって誰が聞いてもなかなかの発言なのだけれど。いや、まあ、言ってはいたわよ。ロデウロ次期国王、シユウ様の兄であるところのジエイ様が私の顔が見たい云々。でも、いざ会うとなると、結構な覚悟が必要になってくるというか。
実際問題、顔合わせを経たらもうそれは既成事実として成立するのではないのか。いや、別に数年後に私がシユウ様を雑に振るみたいなことは起こり得ないと断言はできるけど、公認のものになってしまうのは私としてはあまり喜ばしくない。派手な付き合いよりも地味な付き合いの方が私の性には合っている。
シユウ様も私のそういう性格は分かっているはず。今がそんな状況でないことも。私の身を案じての話なんでしょうね、これは。というのもまあ、懇親会が終わった後のシユウ様といったら大変だったのよ。私が襲われたときに俺が近くにいればとか、目を離すとはこのシユウ一生の不覚とか。志が高すぎる。
挙げ句の果てには今日はうちに泊まりに来た方がいいんじゃないかとか言い出す有様。軽めの首チョップで無罪にしたけど、今から考えると素直に家に帰った私の行動も若干軽率だった気がしなくもないのよね。本気で私を狙っていたら家族ごといかれてた可能性もなきにしもあらずなわけで。
「そもそもですが、シユウ様と私の交際というのはお二方からどういう反応を受けているのですか? 他国の次期王妃を、言い方は悪いですが寝取るということになるわけじゃないですか」
「まじで言い方悪いな。いや、うーん……、兄貴は結構肯定的というか、もう俺が昔から言ってるせいで今更何言っても無駄だろうなっていう考えになってるっていうか」
「それは認めてるわけでも許してるわけでもなく諦めでは?」
「いや、割とそうでもなくてな。ほら、二年前から言い訳に整合性持たせるために真剣にロデウロとシーツァリアの交易の話とかしてただろ?」
「してましたわね。所詮は十歳の浅知恵ですが」
「あれを紙に纏めて兄貴に渡してたんだよ。どれかしら何か改善に繋がったらいいなあって思って」
「え、あれを? あのなんの中身もない妄言の数々を?」
他人に聞かれて恥ずかしいことなどは言ってないけど、本当に冗談半分みたいな意見が多かったような気がする。根本的に何言ったかほぼ思い出せないんだけど、紙に纏めるような価値のある意見なんてあったと思えない。私の意見だからって理由だけでシユウ様が纏めたのなら今ここで首筋に全力の手刀を叩き込む覚悟がある。
「それが意外と兄貴的には高評価だったらしくてな。十歳、十一歳でこの意見を出せるのならば、シユウを任せることもできるって」
「……そんなに高評価を受けられるような意見を述べた記憶がないのですが、一体何がジエイ様に刺さったのですか?」
「まあ確かに俺らの話し合いって結構悪ふざけ半分っていうか、どうせ解決なんて出来ないんだから適当なこと言っとけみたいな感じだったんだけどさ、アンナの意見って概ね、正常な状態なら成立するような意見が多かったんだよな。兄貴としては、狂った国の次期王妃という立場にも関わらず、正しい視点を失ってないその精神性を評価してるらしい」
「狂った国……、流石はシーツァリアとの交易を打ち切ろうとしているだけありますわね。別に私としては今更シーツァリアを詰られても何も感じませんが、聞く者が聞いたら国際問題に発展しそうな発言……、いえ、違いますか。私がシーツァリアの国民だからそう思うのでしょうね」
他国との接点が余りにも少ないシーツァリアは、他国との関係に対して敏感なところがあるのだろう。ただでさえ存在意義を失いつつあるのに、他国に対して無礼を働けばその瞬間に何もかも終わりかねないという根源的な恐怖がある。だから私だけが気にしている。シユウ様と接するときの態度だって。
本来なら、対等な立場である七か国の間で過剰に気を遣うという状況こそがおかしいのだということを、先日の懇親会で私だけが理解できていなかった。人と関わらないと人との関わり方を忘れる、みたいな話で、他国との交流が無いと、どこまで言っていいのかの線引きが不可能なのだと知った。
「不必要な存在がゆえの萎縮と考えるべきか、見放されないように必要以上に過敏になっていると考えるべきか……、精神性の問題ね、これは……」
謙遜じゃなく卑屈なのは、この国が劣っていることを知ってしまっているゆえかしら。なんだか尚更、ロデウロに行きにくくなった気がするわ。




