69、私は癪ながら認める
なるほど、潜入している機関の人間全てにどのようにウィッグを行き渡らせているのかと思っていたけど、犯罪者の毛髪を使っていたのか。ウィッグの寿命はどれだけ丁寧に扱っても二、三年と聞いたことがある。これは技術の問題というより髪の質の問題だ。
関係者の毛が伸びるのを待っていても、ミラのウィッグの様に毛量が多いものをいくつも作るのは難しいはず。確かに一石二鳥と言うか一挙両得というか。まあ、死刑囚の髪の毛を被って日々を過ごすというのも気分の良い物ではないだろうけど。
「これはまだ十人程度にしか共有されていない情報だ。そのうち王族連中にも伝えることになるだろうが、現状唯一の明確な被害者である主に、真っ先に報告した。まあ、今更釘を刺す必要もないとは思うが、他言は無用、ということだな」
それは言われるまでもないことではあるけれど、言ったという事実が必要なのだろう。何かしらの理由で情報が外部に漏れた場合に、私を疑うにしても庇うにしても。しかし正直、この事実が外部に漏れるのは時間の問題だと考えている自分がいる。
機関の内部に内通者が存在することがほぼ確定してしまった以上、こうして話しているアディア様も無意味だと思いながら私に話しているのだろう。というか、盗聴とかを警戒せずに私の携帯にこうして電話して来た段階で、もうすでに諦めているのだろうとは伝わってきたが。
「そして、先日の懇親会のスタッフの中で何人か行方が知れなくなっている者がいることが判明した。恐らくは、その内の一人が血液や例の二人の回収作業を行ったのだろうと見ているが、それにしたって不可解な点が多すぎる。懇親会に参加する者は一人の例外なく厳密な身辺調査を行っているし、宗教に加担していることが発覚すれば身内にも迷惑がかかることくらい理解しているはずだ。にもかかわらず、奴等は煙のように姿を消した」
あそこまで隠れない襲撃だと、後始末をする人員が内部に紛れ込んでいるのだろうと察しくらいはついていたけれど、複数人か。さすがに普通の関係者が黙って行方をくらますことはあり得ないし、全員組織の人員だったと考えるべきなのだろうけど。
素直にそう考えるのも危険と言えば危険なのだ。アディア様が言った通り、宗教に所属しているというのはこの世界ではそれだけで大罪だ。当然肉親にかかる迷惑は計り知れないし、どれだけの人間に影響を及ぼすかなど少し考えただけで理解できるはず。
なのに、わざわざ異常なまでのリスクを冒して懇親会のスタッフに何人も紛れ込んでいたというのは、少々おかしくはある。たとえ洗脳の能力を受けていたとしても、自らの意に反することをそこまで強制的にさせることが出来るのならば、その能力は最早世界のバグだ。
それを当たり前のように行使している能力者本人も含めて。いや、待て。まさか、あの懇親会の場で洗脳の能力が拡散したとでもいうつもりか。一人潜り込めば、それで十分だったとか言わないわよね。もしそうだったなら、もう誰が能力に侵食されていてもおかしくない。
「そうだな。いくら拡散型の能力とは言え、そこまで見境なしに広がっては能力者本人にも把握できなくなるだろう。だが、もし本人にこの能力を制御する気がなかった場合、その可能性も十分にあり得る。知っているだろうが、制御できないと制御する気がないは天と地ほどの差がある。能力者が人格的に破綻している者だった場合、その動向を我々が推測するのは不可能だ。……まあ、可能性として一つ、無いわけでもないのだが」
電話越しでも頭を押さえているのが分かる声色ね。恐らくはあの場で強権を発動してしまえばよかったという後悔だろう。その可能性自体には私も行きついている。ただ、今更考えたところでどうにもならないというだけだ。あの場に能力者本人がいたとしても、今の私達には何もできない。
「シユウから話は聞いている。ユウ・エゴ・スクリーンオルタ。今から五年後に、主を死刑へと追い込む可能性のある女だと。もし奴が能力者本人であり、高等部入学を待たずしてシーツァリアの第一王子との接点を作るためにアンナを襲撃させたのだとすれば、それだけで死刑に出来る材料だった。我が職権乱用でもなんでもしてあの場で捕まえておけば、機関の協力を経て記憶を探り、全ての厄介事を終わらせられた。だが……」
そう、この件に関してはシユウ様から報告を受けている。シーツァリア内を探したが、懇親会に潜り込んだ彼女を発見することは出来なかったと。どこに潜伏しているのか。他国に逃げたという可能性が一番高いのだろう。まあ期間内に裏切り者がいるなら国を移動するくらいは容易だろうと思う。
ただ、彼女がシーツァリアの高等部に特待生として入学するならば、国外に出ていくことはないはずなのだ。わざわざ余計な手間を懸けてまで第一王子との接点を作ったのならば、特待生として入学するために国内に留まるはず。
あるいは、すでに入学までの手順は整っているのか。下準備を全て終わらせたうえで、身柄を確保されないために逃げた。そう、結局これは単純な話なのよ。彼女一人を捕まえて殺せば、私達の頭を悩ませている問題は全てが一気に解決する。
彼女だって、一度捕まったら間違いなく死刑判決が下ることなど理解しているはず。ゆえにこの状況で一番優先すべきは、捕まらないこと、生き延びること。シユウ様がもう彼女が元凶だと決めつけているせいで私までそういう思考になって来てるのはちょっとまずいかもしれないわね。
「他国に逃げ込んでいる可能性もある以上、我も捜索はする。だが、潜伏している可能性が一番高いのはシーツァリアだろう。奴が洗脳の能力者であろうとなかろうと、有益な情報を握っているのはほぼ間違いない。脅すわけではないが、今が七か国がこれからも平穏を保ったまま存続できるかどうかの分水嶺だ。四肢くらいなくなっても構わん、見つけたらかならず捕縛しろ」
脅すわけではないとは言うけど、実際脅してるみたいなものでしょこれは。彼女を捕らえなければ七か国に未来はない。少しずつでも確実に組織に吸収され、七か国そのものが宗教組織と化すという最悪の未来を想定せざるを得ない状況まで来ている。
「そんなことになれば、アンナもシユウと結婚できんのだ。それは嫌だろう?」
……まあ、確かに嫌だけど。なんか認めるのは癪ね。




