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穴開ける次期王妃の婚姻譚  作者: 甲光一念
第二章 懇親会編
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64、私は容赦しない

「……なるほど、それが君の能力か。穴を通じて別の場所を繋げる、空間系統の能力。なるほど、存在を秘匿してるのも頷ける話だ」

「……そういう貴方こそ、随分と稀有な能力ではありませんか。そこまで瞬時に移動できる能力を持っていれば、もっと健全な生き方が出来るのではありませんか?」


 私が『ポケット』に突っ込んだスタンガンは私の腕と共に壁から生えただけで、ものの見事に空振りした。確かに直前まで壁に寄りかかっていた男は、同じだけの距離を空けたまま廊下の逆方向に立っていた。そんなものを避けるのなんて簡単だと言わんばかりに、顔に苛立つ笑みを浮かべて。


 移動系統の能力は強力であるがゆえに何かしらの制限がついている場合が多い。再使用までにインターバルがあったり、距離に制限があったり、縦にしか移動できなかったり、横にしか移動できなかったりとそのバリエーションは豊富だ。ただ、稀に制限のない移動系統もあるらしいと聞いたことはある。


 もし目の前の彼がそうだったならば、私はこの場から逃走できないだろう。簡単に気絶させられて、どこかへ連れ去られ二度と帰ってくることは出来なくなる。まあ、それを許容する私ではない。むしろこの場合私の立場としては、情報を引き出す相手が増えたと喜ぶべきだ。さて、話を続けよう。


「健全な生き方、ね。そうだね、シーツァリアがなくなれば、七か国に住む人々はもう少し健全に生きられるんじゃないかな」

「……つまり貴方の目的は、私を攫い、シーツァリアの王族を絶やすことだと? ふふふ、もしその目的でこの行動だったなら、貴方はもう少々頭を鍛えたほうがよろしいかと思いますがね」

「……? どういうことだい?」

「私とあの第一王子がいずれ子を成すと本気で考えているのだとしたら貴方は、いえ、貴方の所属する組織も纏めて全員、脳内がお花畑過ぎて苦笑いも浮かばないということですわ。救いようのない愚か者しか所属していないのでしょうね。そう考えると笑いも止まりませんわ」


 私は嘲るように口元を歪め、小さく低く笑い声を溢す。私がこんな罵倒を口にするとは思っていなかったのか、男は呆気にとられたかのように怪訝な顔を浮かべているけれど、元々私はこういう性格。誰もそれを知らなかっただけの話。知られていない情報は、こういう時に有効活用するのだ。


 私は突き当たりの壁に空いていた穴を消し、男の右足の真下に穴を空ける。さっきから体重をやたらと右足にかけているところから見るに、軸足は右だ。それが急に身体を支えられなくなれば、バランスを崩して床に倒れ込むのは当然の成り行き。さあ、倒れたくはないでしょう。早く能力を使え。


「――ぐっ、があぁぁぁぁぁぁあ!? なっ、なん、あしっ、あしがっ!? う、ぐうぅぅぅぅうう!?」

「自身の能力に頼り過ぎるとこんな目に合う、ということの好例ですわね。素直に足を引き抜いておけばよかったものを、能力を使用する癖がついているからそういうことになるのですわ」

「なにをっ、なにをしたんだっ! きみのその穴は、どういう能力なんだっ!?」


 男の右足は膝の少し下くらいで綺麗に無くなっていた。切断されたような荒々しさも、千切られたような痛々しさもなく、ただそこにさっきまであったものが今はなくなっていた。なくなっていた、というのは適切な表現ではないか。厳密に言うなら、男の足は私の手元に転がっていた。


 血を撒き散らしながら、無造作に床に転がっている。私は発動していた『ポケット』の穴を消すと、取り出したハンカチに足から流れ出ている血を少しだけ染み込ませる。後でアディア様にでも渡して、機関の方でDNA鑑定でもしてもらう用の血液だけど、これだけ絨毯に染み込んでいれば今更いらないような気も若干する。


 未だに血が噴出し続けている足を押さえている男は、私に憎悪の籠もった視線を向けているが痛みにはどうも勝てないらしい。出血多量のせいか顔色も悪くなってきているし、わざわざ種明かしをしてやる義理もない。死なれても困るけれど、移動系統を捕らえておけるだけの技術が私には無いし、こうするしかなかった。


 深手を負わせておけば私と床で気絶している女の両方を連れて逃げるほどの余裕はないはず。この場において最優先の事項は、私が攫われないこと。私が無事であれば、他に最低限の情報を伝えることはできる。実際、突き当たりの壁に寄りかかって呻いている男に、私を連れて能力を使用できるほどの余力はないだろう。


 私の能力、『ポケット』に通過している人間は、能力の使用が出来ない。これはシユウ様に手伝ってもらって判明したことで、右手を通してもらって能力を使ってもらったけれど、発動はしなかった。要は私が腕を通した際に、その先にも穴を空けて、みたいなことをループできなくするための措置なのだろうと思う。


 正直、私としてはどちらでもよかった。能力が不発に終わり穴に足を嵌めたままでも、現状のように、能力を発動して適用されない足が千切れても。足だけがこの場に残されて本人はどこかに去ってしまうのが最悪のパターンではあったけれど、そうはならなかった。


 そして、今の三回目の移動で男の能力は判明した。そもそも、縦横無尽に能力で移動できるならば一人でいい。気絶させる役と連れて帰る役の二人で行動する必要性がない。私の側に現れて、首元にでもスタンガンを当てて、そのまま連れ去ればなんの問題も無く目的を達成できたはず。でもそれをしなかった。


 待ち合わせ場所は初めからこの突き当たり。横の壁の向こう側は外。移動している場所がさっきから二箇所しかない。この移動は、私を中心として、同じ距離を保った移動だ。距離を縮めることが出来ない移動。対象を中心、自分までを半径として、その円の円周上にしか移動できない能力。


 廊下という一本道においては、余りに汎用性がない。何せ移動できる場所が二箇所に限定されてしまっている。これだったら私の『ポケット』の方が多くの場所に接続できる。どう考えても、私を連れ去るという目的には不向きな能力だ。もしかして、私の誘拐が本筋ではないのか。他に目的があるとしたら。


「……おとなしくしていれば、病院くらいには連れていってあげます。そこまで綺麗に切断されていれば、足も縫合可能でしょう。名誉なき死か、不名誉な生か、貴方に選ぶ権利を与えます。私の温情に感謝しなさい」

「くっ……、うあぁあ……」

「……ドレスが血で汚れてしまいましたわね。まあ元が黒いので目立たないことを祈りますか。人を呼んできますので、そこから動かないでくださいませ。貴方だけがいなくなれば、そこで気絶している彼女がどうなるか分かりませんわよ」


 私の言葉に不穏と本気を感じたのか、恨めしそうに睨んで来ている男だけど、歩けもしない奴を恐れるほど私は臆病じゃない。惨状が広がっている廊下を背にして、私は走る。戻って伝えなくてはならないことが出来てしまった。もし私が本筋ではなく、他の目的のための陽動だったなら。


 狙われるのは、王族をおいて他にはいない。

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