58、私は糖分を摂取します
「『少女のため』? ……アディアは少女って柄でもないし、誰の話だ?」
「当たり前の様に我に喧嘩を売るその度胸だけは認めるぞフラットよ。しかしそもそも、自国の王女をわざわざ少女と呼称する必要はない。加えて、妹もその男と接点は一切ないと言っていた。となれば、その言葉が指している人物は外部の誰かだ」
「それが誰かっていうのまでは、吐かなかったんだよな?」
「吐かなかったどころか、知っていたかすら怪しいところだがな」
「機関の方に記憶を読み取る能力者とかいたろ。あそこに頼るってのは駄目だったのか?」
「頼ったに決まっている。もはや問題はハージセッテだけで解決に導けるほど簡単なものではないのだからな。だが、何も分からなかった」
「……知らねえ少女のために、罪を犯したとか言うつもりじゃねえよな?」
「この件に合理的な理屈を求めるなら、洗脳系の能力を使用されたと考えるのが一番妥当なところだろう。しかもかなり強力なものだ。DNAから奴が本人であるという確認は取れている。つまり、自我を保ったまま、知識を与えずに操ることが可能なほどの強力な洗脳」
「……一応聞くけど、機関の方のデータベースには?」
「ない。言うわけがないな。貴族だろうと市民だろうと、そんな能力を保持していることが知られればどうなるか。当然、我らは悪用しようなどとは考えんが、強大な力が身近にあれば使いたくなるのが人の性。少なくとも、健全な未来は見えん」
「……手詰まりじゃね?」
「そうでもない」
アディア様の発言に、皆揃って首を傾げます。唯一の情報源からほとんど情報を得られなかったのならば、それ以上調査を進展させることは実質不可能。他の関係者を探すにしても、まさか手当たり次第に能力を使っていくというわけにもいかないでしょうし、それ以外に見つける方法も思い当たりません。
「宗教というのは、完全に安定した環境からは基本発生しない。不安定な環境こそが、何かに縋るという意思を生み、それが宗教として構成される。だからこそ、七か国はその不安定を無くすために協力体制を取ってきた。だろう?」
「…………あ」
背筋が凍りました。アディア様の言いたいこと、私をここに置いた理由、積極的に私を会話に参加させていた理由。それを理解しました。頭痛どころの話ではありません。未だにどこか他人事のように聞いていた数秒前の自分を殴り飛ばしたい気分です。無関係だなんて、今の私から最も縁遠い言葉です。
そんな私の異変を察したのか、シユウ様が視線を向けてきます。別にこの状況でシユウ様に出来ることもしてほしいこともありませんでしたが、どうせならと思い顎でデザート類の乗ったテーブルを示し、指を二本立てました。一瞬困ったような顔をしましたが、従順にそちらへ駆けていきました。忠犬ですわね。
「いや、今のやり取りが全く理解できなかったんだけど。王族を顎で使う貴族なんて初めて見たわ」
「ウェイン様、あんな扱いは日常茶飯事ですわ」
「違う違う、いつもやってるからいいとかそういう話じゃなくて」
「冗談です。いくら私でも日頃からあんな雑な扱いは致しません。今は、特別なのです。少し動きたくない気分なのです」
ケーキが二つ乗ったお皿を持ったシユウ様が戻ってきました。ショートケーキとチョコレートケーキですか。まあいいでしょう。フォークを刺し、一つを一口で消費します。小さいサイズに作ってあるのでそこまで大口を開けているわけでないので勘弁していただきたいところですね。ゴクリと飲み込みます。
「……アディア様、つまり、そういうことですか?」
「今の行動の意図は分からんが、まあ、そういうことだろう」
「知らないのですか? 糖分ですよ、糖分。糖分さえ取っておけば大体の問題は解決するのです」
「……これもか?」
「私の精神的な問題に限定されます。……しかしなるほど、だから王子には話せないということですか」
「ねえ、俺にお礼の一つも無いの?」
「出来れば飲み物も欲しいですわね」
「ちくしょー! 取ってきてやるよー!」
馬鹿みたいな泣き真似をしながら恐らくは紅茶でも取りに行ったのでしょう。冗談だったのですが、言う隙もなく走っていってしまったので止めることも出来ませんでした。まあ、帰ってきたらお礼は言いますか。あの人は単純なので、笑顔でも見せれば一気に機嫌が良くなることでしょう。まったく、私の何がいいのやら。
「……なるほど。アンナをここに置いてるのは、信頼できる人間だからか。理解に時間かかったけど、ようやく分かった。たださ、これ結構アンナにとって負担なんじゃないの?」
「いずれはシユウと結婚するんだ。そのうち王族になるならば、今から巻き込んだとしてもさしたる問題もあるまいよ。実際、アンナという存在がこの場に必要であるということは、お前だって分かっているだろう?」
「……まぁねぇ。正直、最近のシーツァリアの内部についてってほとんど情報ないし」
フラット様、ウェイン様、メロデア様はどういうことか分かっていないようで、話していないことを前提として会話をしているお二人を怪訝な顔で見ています。シユウ様が分かっているのかどうかは判断に迷うところですが、頭は悪くない方ですし、まあ分かっていると信じましょう。
「分かっていなさそうな三人に説明してやるとするか。……アンナ、どうする?」
「私から言うべきでは、ないかと。無意識の内に擁護が入ってしまっては目も当てられません。アディア様、お願いします」
「分かった。現在の七か国の中で一番不安定な国は果たしてどこか、という問いに対し、答えを迷う者はいないだろう。愚かさを三代に渡り受け継ぎ、滅亡に向けて動いているのかと疑いたくなるほどに傾いている国、シーツァリア。我はそこが、宗教の発生元だと考えている」
「そしてシーツァリアが発生元だとしたら、これは尋常じゃないくらい厄介なことになってるねぇ。下手したら、七か国が宗教に飲み込まれかねないほどに」
「ああ、何せシーツァリアからはここ数十年、他国へ移り住んでいる者が大勢出ている。さあて、各国のどこまで浸透してしまっているのやら」
ああ、絶望的ですわね。




