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穴開ける次期王妃の婚姻譚  作者: 甲光一念
第二章 懇親会編
56/156

56、私は責任を背負わされます

「にゃああああああああああああああ! なに! なに!?」

「くくく、そこまで驚くとはな。騒ぎに紛れてこっそり入ってきて正解だった。こんなに愉快なものを見られるとは、想像していなかったぞ。礼を言おう」

「にゃ、にゃあ……、ふふふ……」

「笑うなアンナ! アディアァ……! あんたねぇ……!」

「まあまあ、そう青筋立てていきり立つな。大声を上げて驚いてしまい、醜態を晒し恥ずかしかったのは分かるが、怒りで照れを誤魔化そうとするのはどう考えても逆効果だ。素直にびっくりしたと我に怒ればいいものを」

「なぁんで驚かされた側の私が注意されてんのよ! どう考えても注意されるべき立場なのはあんたでしょうが!」

「別にそこまでむきになることもあるまいに。アンナ嬢という恋敵の前での失態だと考えているのだろうが、そこまで気にしている様子もないではないか。なあ?」

「ええ。私としては、予期せず可愛いものを見せていただき、非常に眼福だと思っておりますわ」

「その余裕の態度ムカつくんだけど!」

「いいじゃありませんか。後ろでシユウ様もお腹を抱えていることですし」

「飛び火ぃ!? なんで俺を吊し上げる!?」

「シィユゥウゥ!」

「なんで俺が怒られる流れになってんだよ! どう考えても全ての責任はアディアにあるだろ!」


 憤怒の形相をシユウ様に向けるウェイン様ですが、実際に事を荒立てるつもりはなさそうです。どうやらアディア様への恨みは忘れていないようですね。できれば怒りの矛先が変わってくれれば良いと思ってシユウ様を生け贄に捧げたわけですが、どうやら無駄死にだったようですわね。ただ単にシユウ様が無意味に犠牲になっただけでした。

 とはいえ、何だか聞いていた感じとは少し違いますわね。お二人が顔を会わせた瞬間にでも戦争が始まるかと思いましたが、お互いに嫌悪感を露にするわけでもなく、行われるのはただの言い争い。端から見れば、こういう接し方が通常である友人のようにも見えます。


 あるいは、こういう雰囲気にするためにアディア様が振る舞っているのでしょうか。怒り心頭と言った様子だったウェイン様を驚かせて場の空気を緩ませた。そういえば先程、メロデア様が言っていましたわね。アディア様が専門としているのは国内の治安を安定させる方法についてだと。

 社会学か心理学かは分かりませんが、そちらの分野に長けているのは間違いないはず。冷静さを取り戻させるための行為であったと考えるべきでしょうね。直前まで必要以上に感情が昂っていましたから。しかし、一時の誤魔化しで鎮火できるほど弱い炎ではないのは理解しているはず。ここからどうするのでしょうか。


「って誤魔化されないわよアディア! その露骨な話題逸らしは、今回の件が自分に都合が悪いと認めているようなもの! シユウは後でボコボコにするとして、その前にあんたよ!」

「俺、後でボコボコにされんの!?」

「話題を逸らしたつもりはない。冷静な話し合いも出来なさそうなほどにテンションが上がっていたから一旦下げたまでだ」

「お生憎様だけどこの程度じゃ私の溜飲は下がらないわよ。私が何に対して、こんなに腹を立ててるか分かってる?」

「……ハージセッテからプレントに向けられた、野菜の品質に関しての申し立て書の言葉遣いだろう?」

「そうよ。分かってるんじゃない。で? 私に何か言うことはないの?」

「……アンナ嬢、ハクア、立ち位置を少し変えてくれるか?」

「え? ……ここですか?」

「……この辺?」

「そう、そこだ。ありがとう」

「ちょっと、私の話を無視する気?」

「違う。……今回の件に関してはハージセッテに全面的に非がある。国を代表して、我が謝罪する。申し訳なかった」


 腰の角度が九十度の綺麗な、いえ、優美とすら言える謝罪。ここからまた苛烈な言い争いが開始すると思っていた私は瞬きを繰り返してしまいます。初対面の私ですらこうなのですから、犬猿の仲と評されるウェイン様はと思いそちらを見てみると、引いていました。

 人間というのは真にドン引きするとこういう顔になるんですのね。その瞳に映るのは疑いと困惑。私の考えていることは分かったのにアディア様の考えていることは分からないのでしょうか。しかしなるほど、私達をこの位置に立たせたのは、周囲の貴族からの視線を遮断するためですか。


 肩甲骨辺りまでの三つ編みが揺れ、顔が上げられます。右目のモノクルの奥に見える瞳にあるのは、なんでしょう。複雑な感情というには余りにも淀んでいます。悔しさや情けなさではなく、どうすればいいか途方に暮れているような。先行き不透明がゆえの、目の曇り。


「…………え、なに? 私は、それに対して、えっと、どういう反応を返すべき? らしくないことしてんじゃないわよとか、それとも、一体何があったのって、聞くべき?」

「いや、我が話すべきだ。そもそも今回の件を謝ろうと思っての懇親会参加だったのだが、少し、いや、深く調べるうちに謝罪だけでは済まない事態が発生していることが判明してしまった。これも申し訳ないが、この謝罪が些事になってしまうほどの大事がな」

「……あの、私は席を外した方がよろしいでしょうか? 王族以外に漏らすのは控えた方がいいお話のような気がするのですが」

「構わない。この場にアンナ嬢がいるだろうことは予想していた。シユウがどうせ連れてくるだろうとな。だから丁度良いと思った。七か国の要人と情報を共有する滅多にない機会だとな」

「……あの王子では、共有するに値しない情報ですか」

「ああ。まあ、それだけ、というわけでもないが……」

「……じゃあ、私はあっちの三人に声掛けてくるよ。全員集合でしょ?」

「ん、頼めるか?」

「お任せあれ。はぁあ、面倒なことになりそうだなぁ……」


 ハクア様が未だ周囲への対応に追われているメロデア様と、いつの間にかこの場から離れ、なんだかんだ並んでいる料理に二重の意味でかじりついているシユウ様、フラット様の方へ歩いていきます。最後に呟かれた言葉には確かな重みがあり、それはきっと王族特有のものでしょう。

 アディア様の言う問題の程度がどのようなものでも、もはや懇親会を忘れ、王族としての振る舞いをしなければならないのは確定事項なわけですから。そんな他人事のように言っている私も、似たようなものは求められているわけですが。まさか王子の役割が私に回ってくることになるとは。


「……で、問題って何よ? あんたがそこまで言うからには、よっぽどのことなんでしょ? 具体的なところは後でいいから、とりあえず言ってみなさいよ」

「……宗教が発足しつつある、と言えば、深刻さは伝わるよな?」


 私とウェイン様の表情が、一気に曇りました。

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