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穴開ける次期王妃の婚姻譚  作者: 甲光一念
第二章 懇親会編
54/156

54、私はこの場を離れられない

 ぞわりと、寒気が私の背筋を走りました。誰か、いえ、何かがこの場に入り込んできた。そんなあまりにも失礼な感想を無意識のうちに抱いていました。それはこの場のほぼ全員が感じていたようで、中には悲鳴を上げている方すらいるほど。落ち着いた様子なのは王族の方々くらいです。

 私は大抵の重圧には耐性があるつもりです。本来であれば最も敬わなくてはならない王族を幼少期より見下し、二年前からはかなり雑に扱っています。今だって王族の面々に経緯は持っていても自然体で接することが可能なくらいには肝が座っているのです。そんな私が、反射的に振り向いてしまった。


 並んでいる料理の前で蹲っているシユウ様が見えます。恐れているというよりは、たった今入ってきた誰かに視認されないようにしたのでしょう。過去の因縁的に、今の彼女とこの場で一番関わり合いになりたくないと思っているのはシユウ様でしょうし。私は本日ここに来る王族の方の顔など知りませんが、彼女が誰かは直感的に理解できました。


 細く短いツインテールにされた紫の髪。その髪型に似合う童顔と、しかし不釣り合いな吊り目。十三歳とは思えぬ貫禄と、それに伴った風格。いずれ国王となる誇りを抱いていること確信できる眼差しは、会場を眼光鋭く見回しています。探し人でしょうね。まだ来ていないのは、この場の人間にとって幸か不幸か。

 プレント王位継承権第一位、第一王女、ウェイン・イグ・ボードステッテ様が、不機嫌を剥き出しにした表情でこの場に現れました。私は王族の皆様からどういう経緯があったかを聞いているので恐怖以上の驚きはありませんが、知らない方は不思議でしょうがないでしょうね。


 優雅に振る舞っている所作だけでは隠し切れないほどの怒気は、下手をすれば普通の貴族程度なら気絶させられるんじゃないかと思ってしまうほどです。冷静に言っていますが、私も今、迂闊に振り向いたのを後悔しています。目を逸らすことが出来ない。

 苛烈がゆえに、魅力的。私の貧相な語彙ではそれ以上の表現が出来ません。本来であればここでとるべき行動は避難なのでしょうが、それを勿体ないと感じている自分がいます。これからこの場で何が起きるのかを、いつの間にか期待している。


 ウェイン様が、不意にこちらを見ました。こちらを、というよりは、私を挟むように立っているハクア様とメロデア様を見たのでしょう。眼球だけを動かしてお二人を見ると、呆れた表情のハクア様と、少しお怒りのメロデア様。

 先程仰っていた、城が倒壊しかねないほどの騒ぎと比べれば確かに現状は小規模なのでしょうが、それにしたって落ち着き過ぎでは。この会場が崩れてもおかしくないような感じがして気が気でないのですが。迷いのない足取りでこちらへ近づいてくるウェイン様。


「アディアは? 隠してないでしょうね? 今日私がここに来たのはあいつに謝らせるためよ。会場の雰囲気をぶち壊したのは謝るけど、あいつを謝らせたらすぐに帰ってもいいわ。アディアは?」

「はぁ……、まだ来てないよ。何で私達が匿ってるって思われてるのかは知らないけど、とりあえず開幕から能力発動すんのはやめて。場がこれ以上ないくらいに白けてるから」

「はあ? 開幕から精神的にマウント取っていくのが交渉術の第一歩でしょうが。場の雰囲気を私寄りにして、あいつを謝らざるを得ない状況に陥れるっていう用意周到な計画のどこに不満があんのよ」

「全部だよ全部。適当な交渉術に則って場の支配者になるのをとりあえずやめろ。そもそもそんな謝り方で謝られて嬉しい?」

「あいつが頭を下げればなんでも嬉しい」

「厄介なメンヘラかよ」


「そんなことはどうでもいい。今すぐ能力を収めるんだ。ウェイン、君は目的を達成したら帰ればいいのかもしれないけれど、今日ここに集合している皆の目的は交流だ。君個人の問題に付き合わされるために、わざわざここに集まったわけじゃない」

「うっさいわね。どうせ交流っていったって生きてる間に一度も繋がらない連絡先がいくつか増えるってだけの会でしょうが。私はこれから先、ずっと関わっていかなくちゃいけない重要な案件を解決するために来たの。分かる? 個人的な問題なんかじゃないのよ」

「君がご執心の問題は、国家間ですでに解決されているはずだ。いくら次期王妃とは言え、現国王の決定に逆らって揉め事を起こせるほど、まだ君に実権はないはずだが? 十分個人的な問題だよ、これは」

「私の気が収まらないのよ。あいつに真正面から謝らせないと気が済まないの。これから先、プレントとハージセッテが良い関係を保つためなんだから、第二王女に頭下げさせるくらい見逃しなさいよ」

「しっかりとした話し合いの結論として、アディアが謝罪するというのならば私はそれを咎めない。両者の意志があっての行動だからだ。私が今問題だと言っているのは君が能力を使用していることだ。それを使って強制的に物事を進めようとしているのであれば……」


 メロデア様がそこで言葉を区切ると、ハクア様は目を細め、蹲っていたはずのシユウ様を連れたフラット様が腕を組んでウェイン様の背中を睨みます。嫌そうな顔をしながらも、シユウ様はしっかりとウェイン様を見据えていました。


 実力行使、ということですか。強制的にこの場から叩き出すと。確かに、懇親会で起きたあらゆる問題に、関係者は関与することが出来ません。内部で起きた問題は内部で解決する、という貴族的な行為を簡易的になぞらえているからです。

 ゆえに、問題行動を起こす輩は参加者が追い出さなければならない。有力貴族、王族が集まっている場所で問題を起こす者などほとんどいないので、適用されることの少ない規則ではありますが、決して零というわけでもない。


「……気持ちは分かるなんて言葉を軽々しく言うつもりはないけど、今のお前はやり過ぎだ。七か国一犯罪率の低い国が聞いて呆れるぜ。穏やかな国で有名なプレントも、お前が王になったらお終いなんじゃないのか?」

「いつもこんなってわけじゃないでしょ別に。今回はとびきり腹が立つこととこういうイベントが重なっちゃったから迷惑かけちゃってるってだけの話。タイミングが悪い」

「だから私は悪くありませんって? ったく、情けねえなあ。いつまであんな正論の説教引きずってんだよお前は」

「あ゛?」


 的確に地雷踏みましたわね。メロデア様の顔の苦々しいこと。三人がかりでどうにか少し落ち着けることが出来たかと思ったらあれですものね。あれがシユウ様だったら私が走って殴っています。さあて、何故か王族でもないのに騒ぎの渦中にいる私ですが、ウェイン様のこの怒りって私に向かってくるのでは。

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