48、私は恐れます
「誰が来ないと平穏だって? ウェインとかアディアだけじゃなくて、まさか私まで数に含めてないでしょうね? どちらかといえばあんたらが来ない方が平穏でしょうが。見てたわよ、そこの子にまたくだらないちょっかい掛けて……、ん?」
「……え、ええと、私、シーツァリアの貴族、アンナ・デルスロ・フォーマットハーフです。我が国に留学してきているシユウ様とは懇意にさせていただいておりまして、その縁で一緒にいただけですので、どうかお気になさらず」
「あぁ、あんたがアンナなの? なるほどね、こりゃシユウが惚れるのもなんか納得って感じだわ」
「え。私の事をご存じで?」
「今日来る奴らで知らない奴いないんじゃない? だって昔から俺はアンナ一筋だって言い続けてる馬鹿がいるんだから、知れ渡らない方がおかしいって。でも安心して。徹底してシーツァリアには漏らさないようにしてるから」
「……シユウ様?」
「違う! 俺が言い触らしてたみたいな言い方されてるけど、実際はめちゃくちゃに暴力的な手段で聞き出されたから! あれはまだ初等部の低学年だから許された奴だから! 大人がやったら犯罪認定されるレベルの奴だから!」
「一応補足しとくと主犯はウェインだから。あいつ昔っから気になったら絶対に聞き出すって性格なんだよ」
フラット様の補足説明はこれからこの場に訪れるウェイン様への恐怖を煽る文言にしかなりませんが、もはやそんなことはどうでもいいです。え、全員知ってますの。私達の関係性を知ってますの。どうにかして平静を保っているように見せていますが、表情筋の力を一瞬でも抜けば苦い表情になるのは間違いないですわ。
将来的に知れ渡ることだからと割り切っていい物でしょうか。現状周知の事実としては認知されていないことから、確かに王族の方々を信じることは可能です。ただそれは、シーツァリアがこのまま行けば自ら滅びの道を歩むことになるという未来を許容しているということでは。
ハクア様は私の方に近付いてくると、背中の方へ回り、私の髪を触りながら、耳元で囁くように言葉を紡ぎます。かなり密着しているので背中に果実が二つほど当たっています。無自覚ゆえの行動でしょうか。あらやだ、イラッとなんかしてませんわよ。
行動の意図はいまいち読めませんがそれは目の前のお二人も同じようで、まじまじと密着する私達を見ていましたが、ハクア様が睨みを利かせたのか勢いよく視線を逸らしました。露骨に力関係が現れていますわね。もう少し威厳を。
「いやぁ、それにしても綺麗な髪ねぇ。青って言うか藍色? シーツァリアっぽくない感じはするけど、個性的で私は好きよ。見れば見るほどシユウには勿体ないわね。私がもっといい男紹介してあげよっか?」
「……折角のありがたい言葉ですが、それはシユウ様がどうしようもない駄目男になった時にお願いしますわ」
「……なるほどねぇ。言わぬが花と思って、何も言わずに離れるって選択肢もあるとは思うんだけど、ここはあえて聞かせてもらおうかな。シユウのこと信頼してるの?」
「まあ、それなりには。初めて話した時から今まで、シユウ様は私が嫌がるようなことを一度もしたことがありませんので。私は過去の経験から若干人間不信気味ではありますが、シユウ様が今のままでいる限りは、信じると決めています」
「ふぅん、そう。頑張ってるんだ、あいつ。五歳の頃に絶対に口説かなきゃいけない子がいるなんて言い出した時には頭がおかしいのかと思ったもんだけど、なんか分かった気がする」
「……何がですか?」
「貴女は、誰かに護られてなきゃいけない子だって」
「……どういうことでしょうか?」
「そのうちシユウが教えてくれるよ。だからアンナは女の子の特権を存分に満喫してればいい」
「特権……? そんなものがあるのですか?」
「あるよ。沢山ある。でもそれを教えるのは私じゃない。ふふっ、楽しみが一つ増えちゃったなぁ」
そう言うとハクア様は私の髪を弄るのを止め、素手でローストビーフを一枚摘まみ口に運びました。その様子はとても扇情的で、汚れた唇を舌で舐めるというそれだけで男性を魅了してしまいそうな。ですが、美味しいものを食べた時の反応というのは誰も大概変わりませんわね。
十四歳という年齢相応の笑顔もまた魅力的ではありましたが。なんと言うか、不思議な方ですわね。誰にでも親しく見えるような性格でありながら、その本質はどことなく俯瞰的。動く舞台を上から見下ろしている子供のような無邪気さを感じます。
目さえ合わせれば何を考えているか概ね分かったのですが、今のところ、目が合うどころか視線が交差することさえ一度もありません。私の全身を見て、背後に回って、そしてそのまま料理に行ってしまいました。知っている、などということはないとは思いますが。
それにしても、五歳とは。シユウ様は五歳の段階ですでに私の未来を知っていた、ということでしょうか。そんなことあり得るとは思えません。例えロデウロにシユウ様をとても可愛がっている『未来視』の能力者がいたとしても、五歳の子供に未来を教えるわけがない。
なにより、教えたとしてもそこでシユウ様が私に固執する理由が無い。将来的に理不尽に処刑されるから自分が娶らなきゃなど五歳児の発想でも発言でもありません。かといって、じゃあシユウ様の思想が誰かに植え付けられたものだとも考えにくいです。
精神干渉系の能力で人の心を操るのは、機関が定めている能力関連の規則で殺人の次に重い罪です。調べれば不自然な考えだと簡単に露見するような思考を植え付けるわけがない。もっと他に操るべき方向性があったでしょう。
二年間、特に支障が無いのでなあなあで済ませてきた問題が、少しだけ表出してきましたわね。別にシユウ様の私への好意が全て偽りのものだと疑っているわけはありません。その行為が、恋愛感情がどこから芽生えたものなのかというのが問題なのです。
そこを深く追求してこなかったのは、シユウ様を詳しく知れば、知りたくないことまで知ることになるかも知れないと私が恐れていたからです。隠し事を聞いても答えてくれないシユウ様を、嫌いにならないという自信がなかったからです。
シユウ様の問題であると同時に、これは私の問題でもあるのです。談笑しているその言葉の裏に、笑顔を浮かべているその顔の裏側に、彼は果たして何を隠しているのかを怖がって知ることを拒んできた私の問題。
好きになると決めたのならば、そこもきっと、受け入れる必要があるのでしょう。
シユウ・ヒストル・フルランダムとフラット・ステム・ドットレイドの幕間2
「二歳差とは思えないほどに差があるな、あの二人。シユウ的には、小さい方が好きだったりすんの?」
「ん? まあアンナだったらどっちでもいいけど、いや、どっちもいいけど」
「わざわざ言い直さなくていい。より下品な方向に言い換えることあるか?」
「アンナは二年後くらいからどうせデカくなるから。あれも今だけだよ。今のうちに目に焼き付けておかないとな」
「待て。今の会話でお前の気持ち悪い部分がいくつも一気に出てきて俺じゃ抱えきれない」




