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穴開ける次期王妃の婚姻譚  作者: 甲光一念
第二章 懇親会編
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46、私は褒め損ねます

「とうとう来てしまいましたわね、この日が。来なければいいのにと何回考えたことか……」

「まあそう言うなって。流石にあの王子でもこんな場所で馬鹿やらかすほどじゃないって。大体、あいつが今更なんかやらかしたくらいじゃ一々反応しないよ俺等は。意味分かんない噂とか結構流れてきてるから」

「その噂の詳細は聞きませんが、私は気にするのだということだけ補足しておきましょうか。……本来であれば、私が諌めるのが筋なのでしょうね。シユウ様はその辺りのことは知らないのですか?」

「知らない。この時期の詳細はほとんど知らないんだよ。俺が詳しく知ってるのは十五歳以降、つまり高等部に進学したくらいのところからだな。そこからなら大体分かる」

「今が大事なんですのよ今が。その中途半端な知識は一体何を由来としているのやら」

「あっはっはぁあん! 脇腹を突くな!」

「笑い声と混じって想像していた以上に気持ち悪い声が出ましたわね……」


 懇親会が行われるシーツァリアの迎賓館は、街の喧騒からは離れ、しかし街の灯りが届く場所に位置しています。防犯、防災という面から見れば相応しい立地ですが、初めて来る人には少々分かりにくいのが傷ですかね。そこを除けば、外観も内装も、非の打ち所の無い素晴らしい建造物です。

 この迎賓館が建てられたのは六十年前だそうです。当時のシーツァリアにあった全ての技術を注ぎ込んで造られたと言われているのですが、さすがに老朽化とまでは言わないまでも、所々に古さが見えるのは避けられませんわね。クラシックとか、レトロとか、聞き心地の良い言葉で誤魔化せる範囲ではあるので大丈夫でしょう。


 各国から選りすぐりの名家が集合しているだけあって、迎賓館周辺は厳戒態勢。言葉の通り、蟻の通る隙間もないほどです。言い過ぎですかね。まあ少なくとも人は通れないでしょうから。しかし、周辺住民の皆様も怖いでしょうね。極論、この迎賓館が爆破されればシーツァリアは確実に滅ぶでしょうし。

 開催国ではあっても主催国ではないわけです。若干ですが、そういったことが起きてシーツァリアが滅ばないかみたいな思惑が見える気がしないでもないですが、証拠もありません。妄想はここまでです。迎賓館入り口前に立つと、招待状の提示を求められます。偽造防止の加工が嫌になるほど仕込まれているらしいのですが、見ただけでは一つも分かりませんわね。分かったら意味ありませんが。


 本物であると確認されると、即座に扉が開かれます。どうも人力ではないようですが、どうやって開けているのでしょう。まさかこんな木製の扉なのに自動ドアなのでしょうか。六十年前の技術もなかなか侮れませんわね。シユウ様のエスコートを受けながら廊下を進んでいくと、開かれている扉が目に入ります。おそらく会場ですわね。

 これ、私の格好大丈夫でしょうか。露出が少ない黒のドレスを着ているわけですが、似合っていない、ことないですわよね。リーデアのお墨付きですし、私のために仕立てられた物ですし。これいくらなんでしょうか。あまり考えたくないですが、いいお値段しそうですわよね。


「お、うわ、すげえ似合ってるなそれ。いやー……、……ナンパとかされても、ついていかないでくれよ?」


 迎賓館前で合流したシユウ様は一応褒めてくれはしましたが、慣れていないのが丸わかりでした。気障な台詞を口にするのが苦手なのは知っていますが、もう少し長めに褒め言葉をくれてもいいと思うのです。具体的に褒める部分がないくらい地味なドレスになってしまっているという可能性もあるので、少しだけ心配になっています。

 シユウ様の服はグレーに近いカジュアルなスーツです。黒い髪によく似合っていますが、実はまだ褒めていません。シユウ様からの言葉に苦言を呈していて、褒め言葉を返すタイミングを逃してしまったのです。そうなると改めてその話を切り出すのはかなり難しくなってしまっていて、内心かなり後悔しています。


 シユウ様の後に続いて私も会場に足を踏み入れます。そこまで遅く来たつもりはありませんでしたが、会場にはもう既にかなりの人数がいました。所作が全体的に上品なのが遠目からでも分かります。これは私も気を付けないといけませんね、などと考えていると、隣にシユウ様がいないことに気付きました。

 あの人はまったくという感じですが、少し周りを見てみれば後ろ姿が目に入ります。いつの間にあんな所までと思いましたが、理解と呆れが両方来ました。おそらく反射的に向かってしまったのであろうその場所は所狭しと料理が並んでいる、シユウ様にとってはまさしく垂涎のスポット。


「……相変わらずの食いしん坊ですわね」

「やっぱりどれも美味そうだな。さて、どれから食べたもんか……」

「聞こえていないようですわね。でしたら私にも考えがありますわよ」

「やっぱり最初はしょっぱいもんから食べて甘いものを挟んでもう一回ぃい! 痛い痛い! あ! ごめん忘れてた! 俺が悪かった! 痛いたいたい! こめかみをゴリゴリするの止めろぉ!」

「止めろ? 命令形ですの? 私のエスコートを自ら買って出たのはどこの食欲に負ける愚か者でしたか? 私忘れてしまいましたわ。教えてくださる?」

「俺! 俺だから! 許してくださいぃぁあ!」

「はあ、本当に貴方はどこでも変わりませんわね……。もう少しくらい緊張感を持てないのですか?」

「いや、変わらないで言ったら結構お互い様だと思うんだけど……」


 以前から食い意地がやたらと張っていると思ってはいましたが、まさか懇親会の会場でもそれは変わらないとは。いえ、確かに美味しそうではありますし、実際に美味しいのでしょう。うちの料理長も厨房スタッフとして参加していますので、美味しくないわけがありません。

 美味しくないなどとほざいているものを見かけたら私の『ポケット』で四肢の一つくらい千切り取ってやりますわ。流石にそれは冗談ですが、そう考えると私って非常に舌が肥えているのですね。懇親会に出されるような料理を日常的に食べているわけですから。


「そ、こ、の、お二人さん。来て早々目立ってんねー」

「はい? あ、失礼いたしました。こちらの方が少々マナー不足でして、教育的指導を施していたところですの」

「くくく。確かにマナーが足りてないと見える。ああっとこいつぁ失礼、自己紹介がまだだったな。俺は」

「セルム第二王子、フラット様ですわね。初めまして。私、シーツァリア国の貴族、アンナ・デルスロ・フォーマットハーフと申します。お話はかねがね、こちらの方から伺っていますわ」


 目を見開いたフラット様は、苦笑を浮かべると負けたとでも言うように両手をあげました。こちらを見るシユウ様の口から薄切りのハムが半分ほど出ている件については、また後で話し合いましょう。

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