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穴開ける次期王妃の婚姻譚  作者: 甲光一念
第二章 懇親会編
36/156

36、私は迷っている

「……今日はもう眠いのでその話は明日にしましょう。貴女も今日はもう眠いでしょう?」

「全然! そもそも私は、アンナ様の将来の幸せの為ならば睡眠という刹那の幸せを捨てることに一切の躊躇はありません! 私の心配をしてくれるなんて、なんて優しいお嬢様! 私もう泣いちゃいそうです!」

「勝手に泣いていなさい。……はあ、で、ロマンチックなデートっていうのは結局どういうことを言ってるわけなの? 聞かないと帰りそうもないし聞いてあげるわ。実行するかは別としてね」

「えー、具体的にどうっていうのはないですよ。そういうのはアンナ様自身が決めて行動しないと」

「なるほど、要するに適当言ってただけなのね。はい、帰って」

「言いたくなる気持ちは分かりますが実際そうでしょう? 誰かに決められたデートプランをなぞって、あー今日は楽しかったですわねー、ってなります?」


 確かに癪ではありますが、リーデアの言うことも一理ありますわね。過去三回行われた二人での行動、デートと言えなくもないあれだって、名目上はシーツァリアの視察でありそのルートは限りなく限定的。護衛が何人いたかも分かりません。

 いえ、やはり控えめに言ってもあれはデートではありませんわね。彼も振り返るたびに微妙な顔をしてましたし、私としても下手に触れあったりできず、監視されているという意識が濃かったので。仕方ないとは思いますが、やはり公に出来ない関係というのは厄介だと再認識しました。


「……きっと、貴女の言っていることが正しいのよね。どこに行くかを二人で相談して、二人だけで行くのよね」

「なんですか。自分にはそんなこと出来ないみたいな言い方しないでくださいよ。アンナ様は大体のことはやってみれば出来る人なんですから、やる前から諦めるなんて勿体ないですよ」

「出来ないでしょうが。私の立場を忘れたの? シーツァリア第一王子の婚約者、この国の次期王妃よ? 護衛も見張りも無しに、他国の王子と二人っきりで出かけるなんてそんな話は現実味がないただの絵空事よ。それとも、出来ないのを分かっててそんな嫌味を言ってるのかしら?」

「落ち着いてください。誰もそんなことは言ってませんよ」

「言っているのと同じなのよ。貴方がどういうつもりで言ったかなんてどうでもいいの。私がどう受け取ったかなのよ。……私だって」

「……アンナ様」


 可能なら、してみたいわよ。そんな普通の男女みたいなデートが。遊園地にでも行って、アトラクションに乗って叫び声あげたり、お化け屋敷に入って腕に抱き着いてみたり、お弁当を食べさせたりしてみたいわよ。きっと楽しい。きっとすごく楽しいはずなのよ。

 買い物に一緒に行って、いろんな服を着て見せたりしたいわよ。きっとあの人は全部似合うなんて言って何一つ具体的に決めてくれないだろうけど、それでもいい。いつも通り皮肉の一つでも言って、気に入った服を買って、次はこれを着て出かけましょうねなんて言って。


 海にだって行きたい。水着を見せたら精一杯褒めてくれるだろうあの人に、全力で色仕掛けでもしかけてやればきっと顔を真っ赤にするわ。今はまだ物足りないでしょうけどいつかはなんて言えば、苦笑いでそのままでもいいよって言ってくれるはずなの。

 あの人の部屋にも行ってみたいわ。本棚でも漁ろうとしたら全力で止めてくるかしらね。ベッドに寝転んだらどんな反応をするかしら。思い切りごろごろして匂いを残してやるのよ。私が帰った後もそれで思い出してくれたら、次に会った時にきっと文句を言ってくるわ。


 そんな貧困で陳腐な想像しか出来ない。シユウ様が実際にそうした時にどんな対応を返してくれるかなんて私は知らないのよ。それを理解するには、私達の接点は余りにも少なすぎる。数日に一回だけの電話がか細く私達を繋ぎ止めていてくれている。


 二年前、死ぬ寸前だった私の目前に垂らされた蜘蛛の糸は、余りにも頼りなさすぎた。きっと切れないと常に気を張って、一生懸命よじ登っているけど、そう信じ続けられるだけの精神力がもう残っていないの。たった一本の糸に縋っている私は、いつ元の場所に落下してもおかしくない。

 垂らされている糸が根元から切れるかもしれないという不安を抱き続けながら、顔も見えないその誰かを信じ続けるなんてできるわけがないのよ。好意を向けられている理由も分からないのに、私は好意を返せない。そんな風に作られていない。


「……知ってるわよ、自分のせいだって。両親に逆らえなかった自分が悪いんだって。周りの大人の言うことに唯々諾々と従ってきた私が悪いんだって。知ってるの。知ってる。知ってるから。だから私は」

「…………」

「私は悪くないって、そう信じるしかないのよ。でも私が悪いから、あの人からの好意に向き合えない。信じられない。……私が悪いのよ。ずっと、ずっとそう」


 向けられた好意への対応なんて、誰も教えてくれなかった。構築された関係性をさらに先へ進めるために必要なことなんて誰も教えてくれなかった。恋愛なんて、私には一生必要ないんだって、無縁なんだって、そう思って育ってきたのよ。

 ずっと、迷子。

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