34、私は褒めます
「え? セルムの第二王子? っていうと、フラットか?」
「あら、知り合いですの? 美少女と見ると見境なく手を付けようとする獣以下の屑だと聞いたのですが、もしや趣味嗜好が近いからお近付きになったなどということはありませんわよね?」
「何も言ってないうちから風評被害が凄いんだけど。確かにあいつは一目惚れが多い奴だけど、別に見境なくはない。むしろ、王族っていうことに誰よりも責任を感じてる奴だよ」
「……ではなぜ、そんな不名誉な噂が流れるような愚行を重ねているのですか?」
「……今代のセルムの王妃は、第一王子を生むまでに三回、出産に失敗してた。勿論それに関して責めるようなことはなかったらしいけど、フラット、要は第二王子を産んですぐに体調を崩して亡くなった。心労が限界だったとか、役目を終えた達成感からとか色々言われてるけど、まあ、そういう経緯で育った奴なんだよ」
「急に重い話をしてくるの止めてくれませんか? 貴方の悪い癖ですわよ。せめてそういう話はワンクッション挟んでからでしょう?」
「ごめん。まどろっこしいのって苦手で……」
「その言葉も何回聞いたか……」
「まあ何はともあれそういう奴なんだ。あいつは見境なくナンパをしてるってわけじゃない。具体的にどういう思いなのかまではわからないけど、恋愛はあいつにとっていつだって真剣勝負だ」
母の愛に飢えているのか、あるいは母のような不幸を起こすまいという決意があるのか。その背景までは知りませんでしたね。おそらくはミラも知らなかったのでしょう。王妃のそういった話は大体王族間だけの話として隠されますし、やたらと吹聴するものでもありません。
そう考えると、最初の暴言は少し言い過ぎましたわね。別にミラから聞いた話の全てを鵜呑みにしたという訳ではなかったのですが、ここ最近のストレスが抑えきれなくなっています。それこそ心労ですわ。まだ顔も知らない相手に罪悪感を覚えてしまいました。また一つ懇親会に行きたくない理由が増えましたわね。
「はあ……、そうなると、噂だけで人柄を決め付けたことを謝罪しなくてはなりませんわね。偏見は自然なことですが、それをそれとして許容するのは私が最も避けていたことでしたのに……」
「いや、謝罪はしなくていいと思うぞ」
「は? 何でですの?」
「あいつが一目惚れだとか言ってプロポーズを繰り返すのは事実だし、傍から見たらナンパ男にしか見えないからな。俺からしても、正直どんな背景があってもあれはちょっと擁護できないところあるし」
「……なら何故、フラット様の生い立ちの話など私に聞かせたのです?」
「正しい事情を知ったうえで、あいつに口説かれないように注意喚起をしようかと思って。あいつも無駄に顔が整ってるからさ、真剣な顔で口説かれてアンナが靡かないって保証も無いだろ?」
「いらっ」
「ん? 口で言った?」
「いらいら」
「おっと? ボルテージが上がって来てる?」
「むかつきますわ」
「直接的すぎない?」
なんでしょうね、別に大抵のことは許せる懐の深さが自分にはあると自負していたのですが、そうも軽々しく心変わりするかもしれないなどと言われるのは妙に腹立たしいですわ。シユウ様に対してそこまで深い愛情が現段階ではあるわけではありませんが、軽んじられるのが好きな者などいません。
シユウ様に対して未だに綺麗な恋愛感情を抱けていないので、確かに心変わりするかもと言われるとはっきり否定するのはなかなか難しいのですが、そこはもう少し信用してほしいと言いますか。いえ、やたら都合のいいことを言っているのは分かっているのですが。
「悪かったって。軽口が過ぎた。ただ警戒する気持ちも分かってくれよ。俺としては日頃からいつお前に見限られるかってビクビクしながら生活してるんだから」
「貴方が今まで通りでいればそんな心配は必要ありません。私が信頼を寄せているのは無駄に自分を着飾ろうとする貴方ではなく、率直に自分の気持ちを伝えてくれる貴方なのですから」
「……改めて言われると照れるな」
「気持ち悪いですわね。シユウ様らしいですわ」
「褒められてはないな。普通に罵倒だよそれ」
そういう気持ち悪い、というか、女性慣れしていないようなところがシユウ様らしいのですがね。よく言えば不器用という感じでしょうか。プラスの印象になるかと言われれば怪しい所なのですが、なぜでしょうね。この方はいつだって一生懸命なのです。
半年ほど前にシーツァリアの視察と銘打って行った初めてのデートも、理解できないほど必死に私の機嫌を取っていました。そんなに、私を信用できないのでしょうか。いつか私が裏切ると、見限ると思っているのでしょうか。好意は、無条件の信頼とは結び付かない。
「褒めていますわよ。本当にどうしようもないほど、シユウ様らしいところですわ」
だからきっと、これは褒め言葉でも罵倒でもなく、外部から観察した結果のただの感想に過ぎないのです。二年間掛けても、私達の距離は縮まらない。通話のように、相手の顔が全く見えないのですから。




