23、私は送信します
私の腰に抱きつき、動かなくなってしまったリーデアの携帯でリーフを呼び出して平和的に連れ帰ってもらったのが今から五分前のこと。初めてのことではないのでリーフも呆れた顔で私に頭を下げながら帰っていきました。今晩もお酒を飲むのでしょうか。なるべく控えさせてとリーフにも言っておいたけど、どのくらいの効果があるでしょうかね。
そもそもストレスの解消なんて結局一時凌ぎにしかならないわけで、根本的解決を試みようと思うならばストレスの原因となっているものを取り除く必要があります。それが人でさえなければ。彼女が仕えている一家でさえなければ。我が家に仕えている使用人は城の方が選別した優秀な人材。それゆえにお給料が破格なのです。
簡単に、ここを辞めれば楽になれる、などと言えないのが事態を深刻にしているわけです。このままだと彼女はいつ身体と心に変調をきたしてもおかしくないわけで、それは私にとって絶対に避けたい未来です。特にリーデアは、私に一番最初に優しく接してくれたメイドです。このまま黙って見過ごすなど、出来るわけがありません。
しかし、何が出来るというのでしょう。私はせいぜい気休めにもならない言葉で彼女を慰めるくらいしか出来ず、それが実現されるのだっていつになるか。まだ十歳だという現実が、この上ない足枷になっています。誰かを頼って解決する問題でもありません。そもそも解決策などあるのでしょうか。
お金を渡す。休みを取らせる。寿退職。どれもこれも実現不可能ですわ。今の私の権限では無理。今の私の人脈では無理。こういう時、私は自分がいかに何も出来ないかを突きつけられます。次期王妃という立場でありながら、どれほど周囲から何も与えられていないのかを。
「……メールを送らなければ」
すっかり忘れていましたが、手紙にメールを送ってくれと書いてありましたわね。本当に行動がいちいち突飛と言うか、予想していないことを視界の外から投げてくるような感じです。携帯を触ったことがほとんどないとはいえ、私も最近の若者。メールの送り方くらいは知っています。
ただ、悩むのは文面ですわね。操作方法は知っていますが、実際に送ってみたことはないので、どういうことを書くのが正解なのかがどうにも。まあ、確認用のメールですし、そこまで悩む必要も無いと言えば無いのですが、人生初が、シユウ様に初めて送るメールが、適当でいいのかと怒鳴っている自分がどこかにいます。
「……送るのが遅くても不安にさせるかもしれないし、簡素な文章だとがっかりさせてしまうかもしれない……、どうしたものかしら……。……とりあえず大雑把に書いて、後から付け足しましょう」
『シユウ様、この度はお心遣い、誠にありがとうございます。私も立場を気にして、貴方と滅多に話せないという状況は悲しく感じておりました』
実際はそこまで考えてはいませんでしたが、いつでも好きなときにやり取りが出来るというのは存外嬉しいものですね。連絡手段があるだけで心の余裕も生まれるものです。そもそも連絡を取るという発想が私の頭に無いものだったわけですが、シユウ様もそこは分かっていたからこそ、こうして贈ってくださったのでしょう。
『ですがそれ以上に、私と話したいと思ってくれていた貴方のお気持ちが嬉しいです。私はこの素敵な贈り物のお返しを用意出来ませんが、それでも良ければ、こちらをお受け取りします』
堅い、でしょうか。というか、あらためて文章で自分の話し方を見ると、傲慢なのだか丁寧なのだか分からなくなってきますわね。お嬢様らしい話し方ということで教え込まれた口調なのですが、そこまで私に浸透しなかったのですよね。家だと完全に崩れますし。外で気を張っている分、中では緩んでいるということなのでしょうか。
流石に両親の前では口調を作りますが、いつかはシユウ様の前でも砕けた口調で話せるようになるのでしょうか。今はまだ許されるものではありませんが、七年後には。いえ、今考えるべきはそこではありませんわね。考えすぎて正しい言葉遣いが分からなくなってきました。
なにか、シユウ様が喜びそうな言葉はないでしょうか。メールを送っただけで凄く喜ぶと言っている人をこれ以上喜ばせたらまずいのではとも思いますが、こんな業務連絡のようなメールを送るのは私の感性が許しません。ただでさえ余計な言葉を手紙の最後に突っ込まれているのです。何かしらの仕返しを、いえ、お返しをしなくては。
「……七年後の恋人って送り返してみる? いえ、何だか思い浮かばなかったからとりあえず書いてみたという感じになるわね。シユウ様を照れさせて、次会ったときに恨めしそうな顔を向けられるような……、これでいいかしらね」
『それではお休みなさいませ、未来の旦那様』
冗談の色の方が強いような気がしますが、そう受け取られても、真面目に受け取られてもどちらでも面白そうです。それでは、送信。おやすみなさい、シユウ様。
シユウ・ヒストル・フルランダムのワンポイント講座
「旦那様、旦那様か。うん、なかなかロマンのある響きだな。実際に言われたらいつのまにかにやけてそうだ。それで気持ち悪い表情だって言われるんだろうな。なんとなくオチまで見えるわ。個人的には、あなたも捨てがたいところだけど……、まあ、呼んでくれるなら何でもいいか! 嬉しいことには変わりねえや!」




