2、私は困ります
留学してきたというこの男に、私は見覚えはなくとも聞き覚えはありました。隣国であるロデウロの第二王子。ある程度の家柄には通達が回ってきましたので、私もお父様から無礼が無いようにと繰り返し言われましたわ。まさか私を名指しで関わってくるとは想定していませんでしたが。
無礼をする気はありませんが、対応に困る状況ではありますわね。一対一で話をするのは立場的に憚られますし、かといって断るわけにもいかない。そもそも私に何の用なのかが分からないので迂闊に言葉も返せない。
ただ、不思議ですわね、この男。ずっと薄い笑顔を顔に張り付けているのは別によく見ますしどうでもいいのですが、この手の顔に有りがちな胡散臭さが全くと言っていいほどに無いですわ。同い年の少年とは思えないほどに、と言うと失礼になるのかしらね。
周りの令嬢たちが好奇心で事情でも聞いてくれれば少しは助かったのですが、そんな気配は微塵もないですわね。死体に群がる蝿に期待しすぎだと言えばそうなのかもしれませんが。蝿にたかられている私に平然と話しかけてきた段階で、なんとなく無理だと思ってはいました。
「はい、私がアンナ・デルスロ・フォーマットハーフですわ。ロデウロ第二王子のシユウ様のお話はお伺いしておりました。落ち着いたときを見計らいこちらから挨拶に行かせていただこうと思っていたのですが、ご足労いただき申し訳ございません」
「いえ、気にしないでください。むしろ、今日は多くの人から質問攻めにあってしまいまして、貴女のそのお気遣いには感謝したいほどです」
本音をそこまで隠す人間ではない、と言うより、本音まで隠せるほどの嘘つきではないようですわね。今の言葉には、この国の同年代ははしゃぎすぎだという言外の批判が少しだけ混ざっていました。その点に関しては同意ですが、この場にはそれなりの令嬢とその従者がいます。
噂が広まることを考えていないのか、あるいはそれ自体は許容したうえでの発言なのか。後者だとしたら見た目よりも聡明で大胆だと評価しますが、現段階では判断しかねますわね。はっきりしているのは、私とこの第二王子以外の時間が止まってしまっているということだけ。
比喩ですわよ。実際に止まっているのではなく、止まっているかのように動かないというだけです。流石に隣国の王子に対して取るべき態度までは学んでいないのでしょう。下手に口を挟まれるくらいならば私としてもそちらの方がありがたいですが。そのまま羽音を立てずにじっとしていてくださいな。
「感謝はいりません。私は正しいと思ったからそうしただけです。それが偶然、シユウ様の感性と一致しただけですわ。それで、私に何のご用でしょうか。留学初日というのであれば、色々と忙しいのでは?」
「忙しくはありませんよ。所詮俺は第二王子ですから。今回の留学も、実際は隣国の視察という名目で一時的に厄介払いをされただけです。兄が少々、臆病な性格でして」
もうこの方何も考えていないだけの馬鹿なのではないでしょうか。普通の留学ということにしておけばいいものをなぜそうも自国の内情を晒すのです。しかも私が誘導したとかそういうことでもなく自発的に言ったのですわよ。何を考えているのでしょうこの王子は。
この国の第一王子同様、救いようの無い愚か者という訳ではないと信じたいですわね。ですが、意図的に、何かしらの目的があって情報を漏らしているとするなら、私に接触してきたのにも目的はあるはず。となると、断れませんわね。
下手にこの国に不利益をもたらせば、誰から何を言われるか分かったものではありませんし。そんなに深刻な話ではないことを期待しましょう。まあ、深刻な話だったなら完全に話しかける相手を間違っていますしね。
「出来れば、二人でお話ししたいのですが、場所を移すことは叶いますか?」
「ええ、それは構いません。ですが、二人きりというのは頷けませんわ。私の従者を同伴しても宜しいでしょうか?」
「貴女の立場も理解したうえで言いますが、それは許可できません。俺と貴女の二人だけで、話がしたい」
「……困りましたわね」
本当に困りましたわ。第一王子の婚約者という立場である以上、他国の第二王子と完全に二人きりというのは良くありません。少人数で完璧に秘密にできるなら頷いていたかもしれませんが、残念なことにこの場には人語を口にする蝿がいますし。
蝿はどこにでも飛んでいって何でも話してしまうから厄介ですわ。例えこの場で口止めをしても、数日後には学園中で噂になっているでしょう。考えれば考えるほど、この第二王子が馬鹿なのではないかと思ってしまうのですが、どうにも不自然ですわね。
ここまで短時間で愚行を重ねると、わざとやっているのではないかと逆に思ってしまいます。勿論ただの愚か者も愚行は重ねますが、取り繕うような態度が一向に見えないとなると、敢えての行動に見えますわ。
「……後で事情を聞かれた際、私と何を話したかを証言していただけますか? それに応じていただけるなら、お話をお聞きします」
「……なるほど、分かりました。応じていただきありがとうございます。貴女の誠実さは、必ず俺が証言します。疑いなど、誰にもさせません」




