123、私は託す
「……ええ、理解しました。失礼ですが番号をお間違えになっているのでは?」
『理解してくださってありがとうございます。用件を端的に述べさせていただきますと、現在私はサロメ様の脱走を隠蔽するのに忙殺されています。そのサロメ様からの定時連絡がなかったので、そちらで何かしら不測の事態が発生したのだと推測し、こうしてアンナ様に連絡を取らせていただいております』
「その通りですが、貴方が何処の誰かも分からないので何とも」
『……誰かが攫われましたか?』
「……ええ」
『……シユウ様が協力を仰ぎ、なおかつ攫われる可能性のある方となるとかなり限られますね。そちら側がどういう状況になっているのかは正確に判断するのは難しいですが、ヘキムラさんでないとすると……、クイラさんですか。彼女ならば組織が攫うだけの理由があります』
「……ええ」
『サロメ様の服に仕込んだ発信機は現在幽霊屋敷を示していますが、アンナ様達も今そこにいるのですか?』
「はい。いえ、もうないかと思いますが」
『……ああ、幽霊屋敷が倒壊したということですか? また隠蔽が面倒になることをしてくれたものですね、あの連中も。誰が苦労することになると思っているのやら。まあ私ではありませんが。……つまり現状は、クイラさんがどこに連れて行かれたのか分からずに動けなくなっている、八方塞がりの状況ということですか』
「はい。これ以上何か用件が?」
『少々長引きました。結論から申し上げて、一か所だけ組織が隠れ家としている場所を知っています。確実とは言いませんが、闇雲に探すよりはクイラさんを発見できる確率は高いでしょう』
「……なるほど。それはどこですか?」
『ええまあ、こうなってくると間違い電話を装う必要も失せているとは思いますが、そこまでいきなり普通に戻りますか。……先程アンナ様がサロメ様とドライブを楽しんだ海沿いの道路。あそこの近辺に倉庫の密集地帯がありまして、そこの十一番倉庫が隠れ家になっています。そこにいるという確証はありませんが、何かしら情報は得られるかもしれません』
「分かりました。どうか、お気をつけてください」
『はい。まあ、サロメ様の脱走癖は今更なので、別にバレたところで特に問題でもないのですがね』
そう言うとグースさんはあっさりと電話を切った。下手に引き伸ばしてタイムロスをすることはこの状況では不要だと理解しているからだろう。私の無駄に長引いてしまった電話に三人は完全に集中してしまっている。そりゃそうか。この状況で私が悠長に間違い電話の相手を延々しているなんて考えるはずもない。実際、今の電話が本当に間違い電話だったら私は最初の一言で即切断している。
「……幸運なことに、まだ天は私達を見放していなかったようです。いえ、クイラさんを、と言うべきでしょうか。組織の誰かからのリークです。組織の隠れ家に関して。名前は名乗っていなかったので特定は不可能ですが、これからどこへ向かうべきかも分からない今の私達にとって、これは唯一の指針です」
「確かに唯一の道標ではあるだろうけど、俺様としては不安が残るな。ロデウロの第二王子と王妃、それに最強の戦力、シーツァリアの次期王妃。この面子が集まってるところに裏切り者から電話が来て、何処に行くべきか教えてくれるなんて、罠としか思えない程旨い話だ」
「ええ、確かに。私としても信頼性はほとんど無いと思っています。ですが、このままクイラさんが攫われた場合に七か国に訪れる可能性のある危機と、この四人の戦力とで総合して考えた場合、正直、従う以外の選択肢は無いと私は考えます」
「もし罠だったとしてもあたし達なら対応も可能って考えか。最悪、無差別でいいのならあたしの能力を全開で使えばいい話ではある。……もしここで罠を警戒して従わなかったとしても、いずれ洗脳されたクイラがあたし達にとって今以上の脅威を運んでくる」
「組織の連中がどこまで考えてるかは知らないけど、もしその密告が真実だったとしたら流石にそこまでは奴等も想定外のはずだ。洗脳で確実に言うことを聞くっていうのが前提で成り立ってる組織だし、裏切りにどう対処するかってのは多分練られてないと俺は思う」
ハイリスクハイリターンな話というのは、本来どのような状況であれ乗るべきではない。そういう旨い話というのは十中八九、リスクの方が大きいからだ。今回もその例からは漏れない。リターンはクイラさんの奪還とこれから先の危機の回避。リスクは私達四人の洗脳。それなりの発言権を持ってしまっている私達が洗脳されてしまえば、それこそ直接的な襲撃よりも危険な事態を呼び込む引き金になりかねない。
上に立つ人間ほどリスクマネジメントというのは慎重に行わなくてはならない。クイラさんの能力を使って襲撃してくるかもしれない、という危機に対しては後付けで対策が可能だ。だが、私達が洗脳されれば国の上から腐敗は広がっていき、気が付いたときには既に手遅れという状況が完成していてもおかしくない。つまりこれは天秤にかけているのだ。クイラさんを敵に渡し危機に備えるか、クイラさんを奪還し危機を回避するか。
正直、グースさんを信頼するべきか否かというのは未だに私の中で答えが出ていない。『自意識過剰』という能力に関してだって所詮は自己申告でしかなく、ああいう振る舞いをするように洗脳されているという可能性だって十二分にあるのだ。しかもこれは私だけが知っていること。三人が首を縦に振らなくても全くおかしくない。シユウ様とサロメ様は俯くヘキレキさんをただ見つめる。決断を、託している。
「……クイラは、何考えてるかわかんない奴だし、犯罪者予備軍だし、真っ当なアプローチを掛けてくるわけでもないし、正直俺様の人生の中で一番面倒な奴だ。……でも、だから知ってる。あいつが失敗したりすると誰よりも落ち込む奴だってことを」
「…………」
「自分が能力を使って王族に攻撃を仕掛けたなんてことを、洗脳が解けた後に知ったら、後で俺様がフォローせざるを得なくなるのは目に見えてるんだ。ああ、めんどくせえなあ。本当に、めんどくせえ」
「…………」
「だから――だから、助ける。クイラはどこだ?」




