121、私は見失う
こんなことになるなら、もっとしっかり身体検査しておくべきだったとか、能力についての詳細を聞いておくべきだったとか思うのだけれど、もはや全ては後の祭り。懇親会の時の髪を固める能力者と同じような目の色をしている以上、どうにかして倒すしか無力化の手段はないだろう。まあ別に倒すこと自体に抵抗はない。適当に気絶でもなんでもさせればいいのだし。
ただ問題は、イブキさんは本当にただの巻き込まれた一般人である可能性が極めて高いということだ。一番最初にすでに蹴ってしまっているけれど、あれだってまあまあ手加減したものだったし、情報を得るために確実に無力化したかったからやむを得ずみたいな面もあった。しかし今回は事情が違う。前例と同じであるならば、自分にそれなりのダメージがあっても人形のように襲い掛かってくるだろうし、それを無力化するとなるとかなり手荒にならざるを得ない。
うどんが好きという会話をしてしまって、かなり情が移ってしまっている現状、暴力で気絶させるというのはどうにも気が進まない。しかし放っておけば自分の身を顧みずに私を襲ってくるだろうことは、手に持っているナイフからも明らか。私の拘束から逃れた男は今の隙を見逃さずにさっさと逃げてしまったし、今更焦る必要もないか。手荒くならないようになるべく優しめに制圧しよう。
しかし、たった今私の命を狙ったナイフの速度たるや、普通に投げたのでは確実に出ない速さだった。能力を使って加速していると考えるべきだろうが、そうなると別種の移動系統になるだろうか。物を加速させる能力、となると、初対面のあの段階でも結構厄介な相手になっていたような気もするが、なぜわざわざここまで正常な状態で同行させたのか。
私達をここへ誘導するにしても、別に気絶したイブキさんからでも辿れたわけで――いや、そもそもどうやって私達をここに誘導する気だったんだろう。クイラさんの洗脳がヘキレキさんからの電話で完全に解除されたことは向こう側にとっても絶対的に不測の事態だったはず。そうなると、私達はどうやってここまで来る予定になっていたんだろうか。
洗脳されたクイラさんの演技でというのは考えにくい。逃げ出した男はこちら側にいるクイラさんを見て本気の困惑を浮かべていた。何か他に、私達にヒントを与えるつもりだったとか。ただそこまでして私達をこの場所で殺すことになにかメリットでもあるのか。ないなら手間と見返りが笑えるくらいに吊り合わない。ロデウロという国に危機を及ぼすには、何かしらの理由があるはずなのだが。
そんなことを考えていてもイブキさんには関係の無い話ではあるのでナイフは当然のように飛んでくる。その全てが途中で減速せずに壁に突き刺さるまで直進を進めるものばかりだ。正直言って厄介としか言いようがない。ただ飛んでくるナイフと、それなりの速度で飛んでくるナイフとの間には天と地ほどの差がある。
まず第一に避け難い。単純に速いというのは回避するのが難しいというのと同義だ。さっきから瓦礫やら残骸やらを壁にしてはいるものの、このままの膠着状態だとそのうち貫通するほどの速度を出してきてもおかしくないとは思っている。こういう時に私は自分の能力の戦闘に対する不向きさを痛感する。使い方次第ではあるとは思うが、直接的な攻撃手段としての使い道がなさすぎる。
「ああもう! せめて足場が平坦だったら!」
「アンナ! 盾一枚――うおっ!」
恐らくは私の方にナイフ避けのための『六盾』を一枚放ってくれようとしたのだろうが、移動系統の能力者に邪魔されていた。そもそもヘキレキさんの方に三枚も割いているのに私にまで一枚預けたらシユウ様はどう身を守るのかという話になるのでこれで良かった気もするけど。というかそういえばクイラさんは何をやっているのだ。今もまだヘキレキさんの撮影をしていたら私は怒るぞ。
そんな風に考えながら、ナイフを避けられる物陰から周囲を見渡してみるものの、どこにもクイラさんの姿がない。そういえばさっきまで聞こえていたはずのヘキレキさんへの声援が無くなっている。まさか。私は屈んでいた姿勢から一気に立ち上がると、不安を打ち消すように首を振り回す。さっきまで携帯のカメラを片手にはしゃいでいた狂人の姿が何処にもない。
「――シユウ様! ヘキレキさん! クイラさんが何処にもいません!」
「あ!? 嘘だろ!? あ、まじでいねえ! まさかあの馬鹿攫われたか!?」
「まさか俺達を襲ってきたのってクイラから意識を逸らすための誘導か!? 確かに元々向こう側だったんだし、取り返そうするのはそこまで不自然な話じゃねえけど!」
「不自然ではありませんが看過できる話ではありません! 主犯格を逃し、例外の能力者を組織に奪われたなど恥以外の何物でもないです! 一刻も早くこの場を片付け、クイラさんを奪還しなくてはなりません!」
「は! 丁度良いことに、あの馬鹿に昔勝手に入れさせられて、今もあいつが料金支払い続けてる位置情報共有サービスがある! あいつが携帯を持ってる限り、俺様にはあいつの居場所がわかる!」
「それは相手方の許可とか要らないんですか!?」
「あいつは常時許可状態になってるよ! まじでいい加減にして欲しい!」
何も無い空中をアクロバットしながら、確実に一人ずつ気絶させていくヘキレキさんと、障害物を利用しながら攪乱し続けてくる相手を補足しようとしているシユウ様。そして、戦闘の訓練をしたことがあるわけでもない民間人相手に苦戦している私。力量の明確な違いが嫌な所で出たと言うのは簡単だけれど、過信でもなんでもなく、単なる敵としての移動系統なら私は対処できる。
共通の好物で仲良くなってしまった相手でさえなければ、別に乱暴な対処でもなんでも出来るだけの覚悟が私にはあるつもりだ。最近は医療技術も日進月歩だし、ある程度の怪我なら許容してほしい。だからこれは、自惚れとかではなく私への対策なのではないかと思うのだ。私がこういう相手には甘くなることを知っているがゆえの配置。さて、真面目にどう倒したものかしらね。




