110、私は脅す
「さて、何から聞いたものでしょうかね。……そもそも訊ねたとして貴女がまともに答えてくれるとは正直な話あまり思っていませんが。ですがまあ、今この状況において重要なのは貴女が一生残るような傷を、身体にも心にも負いたくないのであれば早めに全てを話すべきだということですが」
「ひっ……、あ、あの私は何も知らなくて、その、ただ、そういう風にしなくちゃって思ったっていうか、ただそれだけで……」
「そんな言い分で無罪放免になるなら警察も裁判も法律もいらないのだということを自覚してください。貴女の誠意次第では、先程の狼藉を無かったことにして解放してあげようという慈悲深いことを私が考えているうちに洗いざらい話した方が楽だと思いますが?」
「そ、そう言われても、私はあなたが誰かなんて知らないし、だから、恨みなんてないの。さっきのは本当に、やらないといけないっていうか、それが自分の義務だと思ったの」
「……ふむ、貴女のお名前は?」
「え? ……えっと、フルネーム?」
「勿論です」
「い、イブキ・グラ・プラグテイスト。別に貴族でもなんでもないその辺の一般人です……」
「今更言うまでもないことかもしれませんがここにいるシユウ様はこれでも一応王族ですので、下手な偽証は命取りになるということを覚えておくように」
「一応っている? ロデウロでは普通に王族だよ俺は」
「……えっと、どういう三人組なのかっていうのは気にしない方がいいんだよね?」
「必要以上に詮索するならば、ことが終結するまで牢獄に監禁くらいはしなくてはいけなくなりかねないのであまり突っ込まない方がいいとだけは言っておきます」
「は、はい……」
「……とりあえず、どうしてあの場にいたのかを、朝から順に話していただけますか? 情報提供は立派な取引の材料になるので、それ次第では免罪もあり得ますから」
「ほ、本当!? わ、分かった、話す、朝からのこと……、朝……、えっと、今が九時半だから、確か……、そうだ、食材市。食材市に行こうとしてたの」
「食材市?」
「食材市っつーのはこっから少しずれた通りにあるでけえ八百屋みたいな店だよ。食事通りで店構えてる奴等の九割はそこで買い物してるってことからも分かる通りかなりでけえ。そんじょそこらの大型スーパーとかと一緒に考えない方がいい」
「ヘキレキさんもそこで?」
「いや、まあ使う時もあるけど、基本は別の店だな。ちょっとあの店には嫌な過去が……」
「……ああ、あれか。え? お前まだ引きずってんのあれ?」
「うるっせえわ。余計な所に突っ込み入れなくていいんだよ」
「それで、食材市には行ったんですか?」
「……確か行った、気がする。野菜と牛肉を買って重い袋を持って帰ったような記憶がある、気がする」
「何故そんなに記憶が朧気なんですか? 信じていいものか悩みどころですね」
「……あっ、ちょっと待って! 財布! 財布の中にレシートが入ってるはず! それさえ見れば行ったかどうかどころか時間まで分かっちゃうよ! えーっとっと……、あっ、あったあった! はいこれ!」
「……八時四十五分、ふむ、買い物をしたこと自体は間違いないようですね……」
「買ったものの中に包丁がねえな。アンナ、ちょっとさっきの包丁見せてくれるか?」
「ええ、どうぞ」
「……刃こぼれも無い、汚れも無い、……匂いも無い、誰かが握ってた痕跡も無いな。断言できる。間違いなく、この包丁は新品だ。料理に一回も使われてない。となると、お前はこの包丁をどこで手に入れたんだ?」
「どこでって……、えっと、そう、帰ってから、家の手伝いをするんで厨房に立って……、お客さんが来たんだよ。で、まだ開店時刻じゃないって言ったら、知ってるって言われたの。それで……、あ、そうだ! 頭触られた! びっくりして振り払って……っていうことはあったけど、何か関係あるかな?」
「……アンナ、ヘキレキ、分かってると思うけど頭を触るっていうのは一番メジャーな洗脳の掛け方だ。でも、ここまで詳しく口に出せるってことは、多分もうこいつの洗脳は解けてる。となると、洗脳にかかってた時のことを思い出せるかどうかは大分怪しいな」
「だな。多分その頭を触って来たっていう客がこいつに包丁を渡して、アンナを刺せっていう命令を……ん?」
「それ以外に思い出せること……、あるいは、それ以降で思い出せることは?」
「……手当たり次第に走ってたんだと思う。今凄く足が痛いから。だから、そう、あなたのことを刺さなきゃって思った。いや、当然今は思ってないけど。で、なんでだっけ。曲がり角の先にあなたがいるって思ったの。だから包丁を前に突き出しながら曲がって……、あれ、私いつ包丁なんか持ったの?」
「なるほど、なんとなく見えてきましたね。私達がどうしてこうも的確な妨害を受け続けているのか、その秘密が」




