107、私は名乗られる
随分と格好付けた話し方の男性の声が聞こえた店内を覗くと、外見からの印象を裏切らず廃墟だった。机や椅子は足が折れ床に崩れ、カウンターは塗装が剥がれている。壁側に寄りかかるようにして倒れている男性と、それを起こすシユウ様の方へ私も駆け寄る。男性とは言っても、シユウ様の同級生なので年齢的には私と一緒なのだけれど。
「くっくっく……、おお、なんだなんだ、とうとうお前も俺様の店に女連れで来るようになったのか。世も末だな。悪いが俺の店は惚気る奴は入店禁止だ。恋人ごっこがしてえなら余所の店に行きな」
「恋人ごっこてお前なあ。前から言ってただろうが、こいつがアンナだよ。今回丁度いい機会だから連れてきたんだよ。ロデウロでここが一番美味い店だって言って」
「ほう、そりゃあ嬉しいことを言ってくれる。親友冥利に尽きるぜ。その友情に飯の三食でも奢ってやりてえところだが、生憎なことに店は今こんな状態だ。腹が減ってんならその辺の不味い店に行きな」
「行きなじゃねえよ。何があったらこんなことになるんだ。こないだ来た時はこんなじゃなかっただろうが」
「……こないだどころか、ついさっきまでこんなじゃなかったけどな。ちっ、俺様の命の次の次に大切な店をよくもここまでボロボロにしてくれやがったもんだよ。ぜってえ許さねえぞあのクソパーカー野郎共」
「……パーカー野郎って、今話題の窃盗犯のことか?」
「別にいいよ、知らない振りとか。お前のことだ、どうせそれ関連で呼び戻されたんだろ? けっ、三人来やがってな、一人の相手してる間に店はボロボロになって、そっちに気を取られてる内に俺様自身も袋叩きだよ。真っ当な戦闘だったらあんな奴らにやられる俺様じゃねえんだが、ここまでやられちゃあな。油断した」
「それどれくらい前の話だ? 誰も俺に教えてくれなかったんだけど」
「まじでつい五分前くらいだな。何かそっち側で切っ掛けがあったのか、あるいはこの時間にお前らが来たからこうなったのか……、なんにせよ、こんなことをしてくれやがった奴には絶対に弁償させる。うちは確かにこの食事通りで一番美味い飯屋だが、何故か万年金欠なんでな。とても修繕費なんか払えねえ」
「いや、それに関してはうちが補填しても構わないけど」
「それじゃあ俺様の気が収まらねえんだよ! このストレスは実行犯に直接叩き返してやらねえと煮えくり返った腹が収まらねえ!」
「相変わらず気性が荒いなあ。別にお前が足手纏いとか寝言は言わねえけどさ」
「ったりめえだ。幸い骨も折れてなきゃ歩けないほどの痛みがあるわけでもない。奴らの捜索を手伝え、シユウ、アンナ」
「それ自体は構いませんが、少々調べたいことがあります。店内を拝見しても?」
「この有様の場所を店内って言われるのもなかなか来るものがあるが、別にいいぜ。見られて困るものがるわけでもねえしな」
「それはそれは、誠実なことで。そこの隠し事ばかりの男とは格が違いますわね」
「そこで俺と比較する必要ある?」
「まあ、隠し事だらけなのはまじだしなあ。そこに関しては言い返さない方がいいと思うぞ」
微妙に肩を落とすシユウ様に背を向け、私はボロボロのカウンターを指でなぞる。戦いの結果として傷ついたのならばもう少し派手な損壊具合でもおかしくはない。なのにもかかわらずこんな地味な、原形を保った程度の破壊程度しかなされていないというのはどうにもおかしさを感じる。外のガラスに関してもそうだが、正常な破壊ではこうはならないという状況だ。
シユウ様が同行を許可するということは、この方はそれなりに強いということ。一人が時間稼ぎをしたからと言ってそう簡単に店をここまでボロボロにするというのは難しいのではないだろうか。店内の壁に関しても塗装が剥がれている部分が目立つ。拳や蹴りが当たって削れたのではなくもっと自然な時間の経過による傷。
「時間系統の進行型、ですかね」
「だろうな。俺様が呆気に取られたのはそこがでかい。一人ずつ片付けりゃいいと思ってたら店全体が平等に朽ちていくんだ。ありゃあなかなかの悪夢だぜ。だから奴等にも悪夢を見せてやる」
「……時間系統と空間系統は『第一種特殊能力者』として指定され、本来であればかなり好待遇の役職に就けるはずの能力です。今の生活のために能力を隠す者はいても、それを悪用する者は限りなく少ない。もしそれをこんな朝から、人通りの多い目立つ場所で隠す様子もなく堂々と使用する者がいるならば」
「洗脳されてる奴の可能性が高いってことか? ってことはやっぱ、俺達がここに来てるのが分かったから喧嘩売って来たって感じなのかな……、ごめん。この状況での配慮が欠けてた……」
「被害者は配慮なんて気にしなくていいんだよ。加害者側を捕まえて、絞って、懲らしめる。それだけでいいんだ。それがするべきことだ。だから俺様はただ復讐だけを考えるんだ。それ以外はいらねえ」
「その発言は最早加害者に近いほど殺意に溢れていますが……」
私の能力である『ポケット』も分類で言うと空間系統に入る。型式としては特殊なので分類不可なのだけど、これを使えば大抵の犯罪は可能になるという自覚はある。ただ、自覚があるだけだ。そもそも時間、空間系統の能力は保持者が極めて少ない。故に、犯罪に使えば足がつきやすいという難点がある。勿論私は倫理に基づいて使用を自粛しているが。
要は、利点ばかりというわけではないのだ。今回の時間系統で言えば、十中八九、この進行は不可逆だろう。進めたり戻したりできるというわけではないというだけで、使用に適している状況というのは限りなく狭まる。それになにより、珍しいがゆえに能力を使えば一発で犯人だと判明してしまう。これは私達にとってはありがたい話だけれど。
「……あ、そういえばお名前は?」
「お、なんだなんだよシユウてめえ。俺様の名前も彼女に教えてなかったとか、親友甲斐のねえ奴だぜ」
そういうと目の前の彼は勢いよく立ち上がり、胸の前で腕を組むと身長的な問題で私を見下ろしながら声高に名乗った。
「俺様の名前はヘキムラ・スート・モニターレキュール! 略称はヘキレキ! つってもこいつが勝手に言い始めたんだけどな! ま、好きに呼んでくれていいぜ! 俺様もアンナって呼ぶからよ!」




