106、私は食事へ向かう
「さて、あんな風に啖呵を切ったはいいものの、これからどうしましょうか。私はロデウロに詳しいわけでもないので、基本的にはシユウ様に任せっきりになると思うのですが」
「うん、まあそんな気はしてた。別にいいけど。とりあえず、闇雲に走り回っても根本的な解決にはならないし、通報待ちってことにはなるんだけど、それだけってのも味気ないし、巡回がてら軽い観光でも行くか?」
と、そんな思い付きから私達は現在ロデウロの食事通りを歩いている。ロデウロに来たら食事はここでするべしと言われている一番の観光スポット、というか食事処。実に三キロの長さの道に千件を超える飲食店が並んでいる七か国でも随一のグルメを追求した場所だ。あらゆるジャンルの店が鎬を削っているとも、全てが共存しているとも評される巨大な通り。
別に飲食店だけではなく、少し他の道にずれれば家電量販店だったり雑貨屋だったりが軒を連ねているのでロデウロの基本的な生活基盤と化しているとも言われているけれど、正直来るまでは大げさだと思っていた私も認識を改めざるを得ない。それほどまでに圧倒的な活気。シーツァリアに籠っていては死ぬまで見ることが出来なかったであろう人の活力。
ロデウロに来るならばここで食事をしたいと思っていた私の欲望を百二十パーセント満たしてくれることを確信できるほどの美味しい雰囲気。この道を歩いているだけで涎が垂れてきそうだ。ゴールデンウィークを全て使ってもここを堪能しきることは不可能だと確信できる。そしてそんなことをすれば私の体重が前代未聞の数値になりかねないことも確信してしまっている。
旅行というのは財布の紐も、お腹の箍も緩くなると聞いていたけれど、なるほど、これは仕方ないと思える。むしろここで緩めずいつ緩めるという話だ。本当ならばここで私も明日とか体重とか何も考えずに食べ歩いて食べ歩いてそのまま布団に飛び込んだりしたいところだが、そういうわけにも行かない。この後に全力で走ったりするかもしれない可能性を考えると脇腹が痛くなるのは避けたい事態だ。
とはいえ、焼き鳥を食べた程度の胃袋が度重なるトラブルですでに悲鳴を上げているのもまた事実。いざという時に力を出すことが出来なければそれはそれで本末転倒というものだ。となればここは軽く胃に入れておくべきだと私は考える。しかし、それを実行するには少々厄介な点が一つある。今現在私が置かれている状況というか、それに付随した周囲の目線というか。
シユウ様が一緒だという点。ロデウロ内で支持率が圧倒的に高いシユウ様の隣を歩いている私は否応なく注目されてしまう。それ自体にはシユウ様も気付いているようで、気まずそうな顔でこちらを全く見ない。周囲からの呼びかけにいちいち反応を返していればそりゃあ騒ぎにもなるだろうというか、支持率も上がるだろうというか。そもそも王族らしからぬ気さくさが問題なのだと思う。
グースさんの言っていたことはやはり的外れではなかったらしく、視線の多くは女性から向けられるものだ。シユウ様の隣にいるあの女は一体誰なのかという視線がグサグサと刺さる。まあ、一応私も自分の見た目には自信がある方なのでその程度の視線で物怖じすることはない。これでも城仕えの大人達からの嫌味な視線や言葉を巧みに躱してきた実績がある。そんじょそこらの女と一緒にしないでほしい。
とはいえ、決して愉快なものではないのもまた事実。いっそのこと将来的に結婚を誓った仲ですくらいシユウ様が言ってくれれば清々しいのだが、立場を考えればそんなことは不可能だし、もしかしてこっちにいる間ずっとこの視線に耐えなくてはいけない感じなのか。鬱陶しいことこの上ない。友達なんだろうなくらいで流すことは出来ないのか。国民性が出過ぎだ。
「で、この食事通りに来たということは、美味しいお店に私をエスコートしてくれるという解釈で宜しい感じですか? あるいは、いつも通り特に何も考えずにここに来ただけですか?」
「いつも通りって言葉に若干の嫌味を感じる……。英気を養うってやつだよ。腹が減っては戦は出来ぬ。朝っぱらから暴れて俺も流石に空腹が限界だから、ただ純粋に美味いものを食いに来たんだ。初等部の頃の同級生の実家でな、これがまた美味いんだわ」
「へえ、シユウ様にも地元の友人がいたのですね?」
「まあな。こっち帰ってきた時にもちょくちょく会いには行ってるし、個人的にはあそこで飯を食べないと帰って来たって気がしないくらいだ。……鶏肉専門店ってわけじゃないから、お気に召すかはちょっと分からないけど」
「いえ、シユウ様がそこまで推すなら味に関しては間違いないでしょう。いつも言っているお店というのならば信用性に関しても問題はないでしょうし。後、別に私は鶏肉がなければ何も食べないチキン狂いではありません。そこの認識を少し改めてください」
「いや、だってほら、こっちに来てから一番最初に食べるものだし、やっぱり食べたいものの方がいいかなって思ってさ」
「……いえ、私もうこちらで食べましたよ? 駅前にいい香りを漂わせる焼き鳥の屋台があったので」
「うええ!? まじか! あ、俺があいつらに囲まれてる間に!? そんなことある!?」
「待ってるのも暇でしたし、あの匂いに抗えなかったので。ああ、車の中で美味しかったと報告しようと思っていたのですが、色々あって不可能になってしまったという事情があるにはあります」
「うああ! もうまじかよちくしょう! ……まあ、待たせた俺が悪いわな。気を取り直して、昼……、いや、朝……? ……ちょっと早めの昼飯と洒落込もうじゃないか!」
「……その洒落込もうの使い方あってます?」
「なんとなく語感で感じ取ってくれよ! ……あ、あれあれ! あそこ……だよな……?」
そう言いながらシユウ様が指差したのは、窓は割れ、扉は外れ、壁に罅が入り、とても営業しているとは思えない佇まいの店。いや、店というのも若干の抵抗がある。あれはもはや廃墟だ。確か、シユウ様が前回ロデウロに帰ってきたのは春休み、つまりは一月前くらいの最近の話。その時も来たのだろうと考えると、たった一月でこの建物はここまで荒れたということになる。
絶句した様子のシユウ様は目の前の光景を飲み込むと走り出す。私もそれに続いて走り、店の中に入って行ったシユウ様を追って――と、行きたかったところだったけれどそうはいかなくなった。店の前に散らばっている窓のガラスが、割れている。踏まれて割れているのではなく、時間が経過して割れている。劣化による崩壊。手に取ってみると、その瞬間に粉になって風に攫われた。店内から声が聞こえる。
「……くっくっく、俺様としたことがドジかましちまったな……。わりいシユウ、ちょっと今は飯作れそうにねえわ、くっくっく……」




