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穴開ける次期王妃の婚姻譚  作者: 甲光一念
第三章 ロデウロ編
102/156

102、私は返信しない

『髪型は?』

『……こう』

『……こんな感じか?』

『……いや、もうちょっと、こうだな』

『……これは?』

『…………』

『なるほど。じゃあ、眉は? 太かったとか、細かったとか』

『……こうかな?』

『ふむ……、これでどうだ?』

『……あー、こう?』

『……これくらいでどうだ?』

『…………』


 まあ伝わらないだろうから説明しよう。まず最初に、似顔絵を描いている男性、マカルさんが髪型はと聞いた後、カレッタさんは両手を頭の左右に羽のように広げた。まあ、多分ツインテールを表現したのだろう。それを受けてマカルさんが短めのツインテールを描いてカレッタさんに見せたところ、頭の左右についていた両手をそのまま肩くらいまで下ろすようなジェスチャー。もう少し長めということだろう。


 肩くらいまでのツインテールに修正された絵を見てカレッタさんは両手を頭上に挙げ大きな丸を作った。それに小さく頷くとマカルさんは眉に取り掛かる。訊ねられたカレッタさんは人差し指と親指で太さを示した。のだと思う。多分。確証は持てない。それを見て描かれた眉にどうも納得がいかなかったようで、カレッタさんは指の隙間を少し細めた。多分細めた。


 消しながら微調整した眉を見せると、カレッタさんは人差し指と親指で丸を作った。どうやら思い描いていた通りの太さになったらしい。いや、何これ。分かってはいる。本当に何なのか分かっていないわけでは当然ない。能力によって認識を弄られているのだから抽象的な証言になってしまうのはもうどうしようもないのだ。


 いや、しかし面倒臭いなこれ。会話の当事者じゃないだけ私達はまだマシだけれど、顔のパーツ全てでこの面倒な問答を繰り返さなくてはいけないマカルさんの心労やいかに。似顔絵の作成もまあ時間かかるし。まだ顔の半分も出来てないよ。ここからさらに記憶とすり合わせていくとなるとどれだけかかるのか。


「……それらも、徒労に終わりそうですが」

「やはり、アンナ様もそう思いますか? この似顔絵作成は無駄だと」

「無駄とまでは言いませんが、情報量としては限りなく少ない似顔絵になるでしょうね。証言する側も描く側も理解したうえで書いているであろうと考えると、何とも悲しいものがありますが……」

「……参考までに聞かせてもらえるかな、アンナ嬢。どうしてそう思うんだい?」

「……わざわざ私から聞かずとも、ジエイ様なら初めから理解していると思いますが」

「意見の擦り合わせさ。個人の意見じゃただの持論だ。複数人が同じ意見をもって初めて、それは説得力を持つ。だろう?」

「……はあ。組織が本気で正体を隠すつもりならば、あんな中途半端な認識阻害はかけません。どころか、顔すらも思い出せないような状態にされてもおかしくはない。いえ、精神くらい破壊されていてもそこまで不自然でもない。しかしカレッタさんは、それを証言……、いえ、表現し、似顔絵を作成してくれとまで頼んでいる。このことに違和感を覚えない方はいないでしょう」

「……なるほど」

「となれば、考えられる可能性はいくつかに絞られます。可能性の低いものから言っていくならば、認識阻害の能力者が貧弱だった、あるいはそれゆえに解除されてしまった。しかしまあ、考慮しなくていい可能性ではあります。洗脳できるのならば、もっと強力な能力を持つ者を使えばいいだけの話ですし」

「…………」

「次に、彼はそもそもそんな能力を掛けられていない。さも犯人を恨んでいるかのような言動も行動も全てが嘘で、捜査の方向性を狂わせようとしているだけ。というわけでもないでしょうね。彼の怒りはどうやら本物、そんな調べれば一発で分かるような無意味な嘘は吐く意味がそもそもない」

「…………」

「最も可能性が高いのは、無意識の内に虚偽の証言をさせられている可能性。あの似顔絵を参考に人を探すのは不可能だと思います。というか、一人こうなら全員こうでしょう。ロデウロ中の窃盗犯を全員捕まえても、元凶に辿り着くことは絶対にない。私が組織側だったらそうしますし。ジエイ様もそうでしょう?」

「……だね。おそらくあの似顔絵自体も、本当の情報と偽の情報の混ざったものになっているはずだ。元凶の顔が分からない以上全部仮説でしかないけれど、あれに頼って人を探そうとするのはまさしく愚の骨頂。かと言って、他に有力な手掛かりがあるわけでもないし……」


 ポケットの中で私の携帯が震える。顎に手を当てて考え込んでしまったジエイ様に軽く会釈をしてから携帯の画面を点ける。予想通りというか、流石の返信の速さというか、やっぱりそれはミラからのメールだった。用件が用件だけに早めの返信だろうと思ってはいたけど、まさか十分もしないうちに返ってくるとは。


『そうだけどなんで知ってんの? もしかしてそこにいたりする? 名前を知ってるところから見るに何かしらの犯罪を犯して捕まって、その取調の現場に今いたりとか? でも立場的に真っ当な感性のままだったらそんなことしないからもしかして洗脳とかされてたり? そこのところ詳しく知りたいから大至急折り返しよろしく』


 私は携帯の画面を消して静かにポケットにしまう。返信が早いからと言ってこっちも早めに返信する必要はないわけで。というかそこまで分かってるならこっちから何か送る必要ないでしょ。もしかして私の服に盗聴器とかついてるのかしら。あるいは携帯にそういうアプリが仕込まれていたりするのかも。ミラが優秀なのは知っていたけどここまでとは。


 さて、そろそろ似顔絵も佳境だ。こちらから見える限りだと、なんというか、没個性的な顔だ。年齢的には十代後半程度、何処にでもいそうだし、そういう意味ではどこにもいなさそうだ。まあ、リアルに描かれた人の絵というのはそういう風になりがちではあるけど、しかしこの絵を描くように認識を弄ったとしたら、一体なぜこの顔を選んだのか。


 実際にいる誰かをモデルにして、その彼女を追わせている間に逃げる策とか。いや、それだったら別にわざわざ偽物の顔をこちら側に伝える意味がない。そう、意味があるはずなのだ。組織が私達に嘘の似顔絵を描かせたなら、こちら側に何かしら不利益になるような何かしらの意味があるはず。


「……ジエイ様、似顔絵を描き終わったらで構いませんので、職業について聞いていただけますか? 少々気になることがあります」

「……何かが分かったら、報告してくれるよね?」

「当然です」

「了解。マカル、話の流れに逆らわずに軽く、職業について触れてみてくれ」


『……時にカレッタ、お前どこで働いてるんだ? こんな所でサボってたらクビになっちまうかもな?』

『ん、あー、まだ言ってなかったか。クビの心配は必要ねえよ。だって俺はき――』


 それが彼の最後の言葉だった。まるで操り人形の糸が切れたように、カレッタさんは机に頭を打ち付けた。

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