101、私は送信する
とりあえず突っ込みどころとしては何故私がマレをおんぶしているのかというところね。別に日々身体を鍛えているのは誰かをおんぶするためではなくて自衛のためという部分が大きいのだけれど、まあ、悪い気分ではないのでそれ以上は言わない。しかし、このままずっとか。このままずっと、窃盗犯の事情聴取を見ている間おんぶし続けるのか。普通に体力がもたない。
「……アンナ様、マレ様は私が背負いましょう。車中での戦闘で精神的にも肉体的にも疲労しているでしょう。まあ、アンナ様が背負っていたいと言うのならば、私のこれは出過ぎた真似ですが」
「いえ、助かります……というか、もう少し早く言ってほしかったところですが……。……起こさないように、という注意は、まあ、先程の慣れを見る限り無意味ですかね」
「慣れ? ああ、シユウ様ですか。昔から兵士の皆さんと戦い疲れて、その辺りで寝てしまうことが多々ありまして、それで慣れてしまったというのでしょうかね。当時はそこまでする動機も理解できなかったものですが、アンナ様に会ってみれば、納得行く部分も多いというものです」
「シユウ様がいないからって堂々と軽口を叩き過ぎでは?」
「ふふふ、油断したシユウ様が悪いのですよ。いくら城の車だからと言って、サロメ様の能力にああも簡単に引っかかっては、日々の鍛錬も無駄というもの。開幕で眠らされてしまえば、いかにフィジカルを鍛えようと全てが無駄ですからね」
「それにしたって息子を眠らせるのはどうかと思いますが……。そういえば、サロメ様はシユウ様ならもっと早く起きると思っていたと言っていたのですが、昨晩は眠るのが遅かったのですか?」
「遅かったのではなく、寝ていないんですよ。明日が楽しみだと言って、結局一睡もしませんでした。セブンスヘブンの中で寝るかと思いましたが、まあ、諸々あってそんな暇もなかったので、眠気は相当なものだったと思います。サロメ様の能力から考えると、最低でもあと数時間は起きないかと」
「まったくあの人は本当に……、悪い気分はしませんが、自分の身も気遣って欲しいものですね」
「まんざらでもないのでしたら、そんなに隠さなくてもいいと思いますがね」
「隠しておいた方が後々切り札になることもあるのですよ。私の言葉遣いのように」
「……なるほど、参考になります」
そんな風に軽口を叩き合っている横で、ジエイ様が真剣な表情で取調室を覗いています。もう少し平和的な初対面だったら、ここで談笑でもできるのでしょうが、事態が深刻なうえに現在進行形ともなると空気も真面目そのもの。ニヤニヤしているのはサロメ様くらいのものです。マジックミラー越しの取調室の何がそんなに面白いのかはよく分かりませんが。
どうも取調室内に集音器か何かがあるようで、天井にスピーカーが付いている。こうして取調の様子を見るのは当然ながら初めてだけれど、城の内部にある部屋ということゆえかある程度居心地のいい空間になっているのが、取調室の不穏な空気と相容れず何とも言えない違和感を生み出している。普通ソファに座って取調といか見ないでしょ。
取調室の椅子に座っているのは特に目立つところのない普通の男。年齢は二十代前半くらいだろうか。本当にそれ以上に特筆する要素がない。事前に聞いていた通りの服を着ているというのはあるけれど、それだって没個性を絵にかいたような服だし。あえて没個性的にしているのだろうか。複数人を一人に見せかけるため以外にも理由があるのかもと思うけれど、どうせ答えないんだろうなと達観気味。
扉が開いて男性が二人入ってくる。聴取する人と記録する人だろうか。サスペンス系のドラマはまあまあ見るけれど、ああいうのはフィクションが多いって聞くからあまり参考にはできないわね。被疑者にカツ丼を食べさせると賄賂扱いになるとかなんとか。夢が無いわあ。
『……お前がまともに答えるとは思わないが、現状の情報源がお前しかいないのもまた事実だ。ゆえに、今からお前は取調を受けることになる。まあ、言う必要もないだろうが、言いたくないことは言わなくていい。黙秘権ってやつだな。今の様子も録画されてるから、俺も下手なことはしない。分かったか?』
『…………』
『……聞くだけ無駄だな。さっさと済ませよう。俺の名前はウーゼだ。当然偽名だけどな。お前の方は、名前、年齢、住所とかは言えるか?』
『……カレッタ』
『ん? 名前か?』
『カレッタ・ナージャー・タブーレアだ。話したくないことは話さなくていいんだよな?』
『……思いの外、結構しっかりしてるな。もっと意識混濁みたいな状態かと思ってたよ。何聞いてもまともな受け答えすらできないような、そんな有様かと思ってた』
『……ちっ、気分が悪いな。あー、いや、勘違いするなよ、あんたに対しての感想じゃない。今の自分の状況を顧みて、その余りの不甲斐なさに吐きそうになってるんだ。まったく、我ながら反吐が出るよ。知ってることを全部話してやりたいのに、頭のどっかがそれを許してくれない』
『洗脳か?』
『当たらずとも遠からずだな。多分俺に掛けられた洗脳はとっくに解けてる。だからこれは、多分別の能力だ。俺に大犯罪の片棒を担がせやがった奴の顔だってはっきり覚えてるんだ。俺はそれをあんたに教えてやりたい。奴らをさっさと捕まえて死刑にして欲しい。なのに俺はそれを口に出すことが出来ない』
『……操作系統の能力で認識を弄られてるって主張か?』
『主張じゃねえ、事実だ。大体、捕まった俺が何言っても言い訳にしかならねえだろうが。自分の不始末のけりくらいは自分でつけたい。それくらいのプライドはあるつもりだ。ろくに抵抗できないまま捕虜にされて、洗脳までされた間抜けだとしてもな』
『まあ言ってみろよ。その情報が正しいかそうじゃないかを判断するのは結局こっちなんだしな。そこまで言えるってことは、多少は抗えるんだろ?』
『…………』
『…………』
『……おい』
『ん?』
『ん、じゃねえよ! 名前までは分かんねえんだから似顔絵だろうが! 描ける奴連れて来てくんねえかな!?』
『ああ、そうか、悪い悪い。お前の意識がそこまではっきりしてると思ってなかったから完全に気い抜いてたわ』
『正直に言えば許されるもんでもねえだろ! まさかとは思うけど、ロデウロの城の兵士ってお前みたいな奴ばっかってわけじゃねえよな?』
『まさか。俺はかなり不真面目な方だよ。だからこそ、こうして取調専門として城に置いてもらってるんだけどな。ていうか、お前何も言えないんだろ? どうやって特徴とか伝えるんだよ』
『そりゃあ、こうやってだろ』
そう言いながら男は、自分の両目の端を指で吊り上げた。どうやら操作系統の能力者は吊り目だったらしい。そんなことを考えながら私は、今しがた聞いたばかりの男の名前を携帯に打ち込み、メールとしてミラに送信した。もしかして彼が、行方不明になった機関の人間なのではないかと、そう思ったから。




