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穴開ける次期王妃の婚姻譚  作者: 甲光一念
第三章 ロデウロ編
100/156

100、私は到着する

 なんだかんだあって、結局私達がロデウロのフルランダム王家の城に到着したのは、駅を車で離れてから一時間以上が経過した午前八時過ぎだった。当然の如く私達よりも早く城に到着していたグースさんは、恐らくシユウ様に説教でもしようとしていたのだと思う。自分の母親の行動くらい誘導してくれと。


 まあ、後部座席であまりにも静かに深く寝入ってしまっているのを見て、概ねの事情は察したようだったけれど。顔を押さえるグースさんだったが、起こさないようにお姫様抱っこでそっとシユウ様を城内に運んでいった。もしかしてこういう事態に慣れてるのだろうか。そんな何も聞くことなく当然のように運ぶことありますかね。


 苦笑い気味だったサロメ様に何か言いたげでもあったが、私の横で寝ているマレを見て何かを感じたのか、小さな溜め息を一回だけ吐いただけで終わった。安堵の表情を浮かべるサロメ様だけれど、私の立場からすると一度怒られて欲しかった。勝手に海沿いとか走らなければあそこまで面倒なことにはならなかったのだからして。


 さて、問題はマレをこれからどうするかね。正直一人にしておきたくないのよね。まだ洗脳が残っているかもしれない可能性と、サロメ様の命を狙った者の一人であるがゆえに、城内で割と真剣に疎まれてもおかしくないのよ。まさか殺されるとまでは行かないと思いたいけど、この小さな女の子をそんな憂き目に遭わせるのは少々心苦しい。


 この状況でとれる対策としては、偶然行方知れずになっていたセルム王家の少女を見つけたから保護したとかだろうか。いやまあ、組織からの攻撃に対応していたのにいつ見つけられるんだと言われたらそれまでだけど。いや、組織の男が車内に連れ込んでいたから保護したの方が言い訳が効くだろうか。組織が捕らえていたという形なら、マレのことを巻き込まれた一般人に出来るかもしれない。


 一応言っておくけれど、私にだって自分よりも小さな女の子を庇うという当たり前の善良さくらいある。日頃の行いのせいで、合理性を追求した結果人の心を失った機械みたいに周囲から見えてるかもしれないけど、これでも内心では色々考えてるし。ただ、今までの人生で私が守らなくてはならないような存在が周囲にいなかったというだけの話だ。


 妹も弟も、父も母も、私が守らなくてはならない存在なんかではなかった。むしろ、早く滅びてくれないだろうかとすら考える存在で、外部にだって私が守らなくてはならないような存在などいなかった。後輩との付き合いも一切なかったし、そもそも誰かに護ってもらわなければならないほど弱い存在など、シーツァリアで生活するには不向きな人間だ。


 自分のことは自分でやる、というのは確かに正しいのだろうけれど、自分のことをしてくれるのが自分しかいない、というのとは圧倒的に状況が異なる。そもそも、自分が自分のことを全て受け持つのならば、集団生活などする必要性が存在しない。誰かと持ちつ持たれつというのが人間の生活様式だから、我々は共同体で生活をしているはずだ。


 でも、どうやらシーツァリアはそういうことは忘れてしまったらしい。私は、道端で泣いている子供を見たことが無い。道路を横断できなくて困っている老人を見たことが無い。道に迷って人に道を尋ねる大人を見たことが無い。困っていたら誰かが助けてくれるのは当たり前ではない。確かにそれは正しい。でも、だから困らないようにする、というのは、誰も信じていないというのと同義だ。


 だから、こんな無防備に私の横で眠るマレという少女は見ていてとても不安になる。誰かを疑うということを知っているのだろうか、人は裏切るのだということを知っているのだろうか、いつだって誰かが助けてくれるわけではないことを知っているのだろうか。


 いや、逆か。彼女は知っているのだ。困っていたら誰かが助けてくれるということを、助けを求めれば誰かが手を差し伸べてくれることを、迷っていたら誰かが導いてくれることを、彼女は知っている。私が知らないことを、彼女は知っているのだ。どうやら、孤児院で優しい人に育ててもらってきたようで、私は少し安心した。私は保護者か何かか。


 サロメ様が適当な調子で護衛らしき人達に謝っているのを見る限り、今回のようなことは別に特別珍しいことというわけではないらしい。それはそれで王妃としては自己防衛が足りていなさすぎるので不安なのだけれど。護衛の責めるような視線から逃げるように走り去り、城の裏辺りにある駐車場にサロメ様が車を停める。


「さて、長くなっちまったけど、これでドライブも無事終了ってね」

「いえ、無事ではありませんが。むしろ有事だったと思いますよ」

「まあまあ、そう細かいこと言わなくてもいいじゃないか。あたしもアンナちゃんも怪我一つなく目的地に到着できたんだ。そう考えれば十分に無事さ。マレっていう、特大の朗報もあるしね」

「……護衛を置き去りにするのはどうやら常習犯のようですが、今は組織の動きが面倒な時期のはずです。少しの間だけで構いませんので、警戒した動きをしては下さりませんか?」

「下手に弱腰になったら、それこそ奴らの思う壺さ。こういう時ほど、強気に、大胆不敵に、お前らの動きなんてこっちには関係ないんだっていう意志を見せていかないとね」

「なんと言うか、シユウ様と似たようなことを言っていますね。親子であるのだなとつくづく思います」

「まあ、ロデウロ自体がどっちかって言うと好戦的だからね。あたしたちに限った話じゃないさ。敵につけ込む隙を与えるのは最もやっちゃいけない事だ。アンナちゃんも、弱気になる所は、本当に信頼している奴以外には見せない方がいい」


 まあ、その意見が間違っているとは思わないけれど、それと今回の件はまた別物だと思う。一切外出するなとは言わないけど、不自然にならない範囲で外出の回数を減らして欲しい。せめてドライブをするなら護衛を周りに走らせて。絶対に嫌がるだろうなというのは簡単に想像がつくけれど。


 と、不意に城の方から迫ってくる誰かが見えた。サロメ様も気付いていないその誰かに、私が窓越しに気が付いたのは、物珍しさから首を左右に動かしていたからだ。恐らくは相当に急いでいるのだろうその人物は、結構な速度でこちらに走って来ている。サロメ様を探していた兵士の誰かだろうか、などと考えていた私が甘かったのは否定できない。そもそも今回私達がロデウロに来た目的を忘れかけていた。


「おっ、ジエイじゃないかい。はっはっは、すまんね。自由時間と思ってアンナちゃんとドライブしてたらこんな時間になっちまったよ!」

「そこに関していろいろ言いたいことはあるけどとりあえず全部後回しにしてさっさと来てくれ! 組織の人間、というか、窃盗犯の一人を捕まえた! 今から話を聞くから早く車から下りて! アンナ嬢、挨拶もまだの内から慌ただしくて済まないが、君も一緒に来てくれ!」

「えっ、私もですか? 部外者を入れるのは余りよろしくないと思いますが……」

「いや、部外者ではなくないかい?」

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