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穴開ける次期王妃の婚姻譚  作者: 甲光一念
第一章 出会い編
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1、私は死んでいる

 はじめまして。(わたくし)はアンナ・デルスロ・フォーマットハーフと申します。気軽にアンとお呼びください。ただし見目麗しい方に限りますが。あとはそれなりの地位を持っていらっしゃる方でも構いませんわ。

 必要以上に人と仲良くなる気は、私にはありませんので。私に無いと言うよりは、そういう風に育てられ、人との接し方を強制されたから、と人のせいにいたしましょう。そうした方が私へのマイナスイメージも軽減されるでしょうし。


 とは言えそれにも理由はありまして、私は将来的にこの国の王位継承権第一位の第一王子、クリス・フウグ・ノースコード様という愚か者と結婚が決まっているのです。まあ、許嫁というやつですわね。

 幼い頃に決められたその婚約なのですが、私からしたら迷惑極まりないものなのです。王族と結婚なんて羨ましいと言ってくる令嬢たちに現金付きで権利を渡してやりたいくらいですわ。王妃になるんですのよ。国の最上位に立つことになるんですのよ。地獄ではありませんか。

 そんなわけで、五歳から十歳になるまでの今までも、おそらくはこれからも、私は王妃としての威厳ある振る舞いを教育されているのです。選民思想が強い大人は厄介ですわ。友達も自分では選べないのですから。


 産まれて十年が経ちますが、私にまともな自由などありません。こんな無惨な人生のどこが、順風満帆でなんの不自由もない人生だというのでしょう。縛られ括られ磔にされて、なんの自由もない。こんなものは人生ですらありませんわ。

 私が通っている学園でも、周りにいる令嬢たちは友人ではありません。それなりに名が知れている家の令嬢達が、将来を見越して私に恩を売っているだけ。親睦など無い、温度など無い、薄っぺらい関係。

 それに対して上品とされている笑顔を浮かべる私。口元を押さえる私。現状を受け入れている私。そんな作られたペラペラの仮面を顔に張り付ける自分に、心底反吐が出ますわ。私は、自分が嫌いです。


 アンナという個人など、とうの昔にどこかに消えました。故人になりました。今ここにいる私は、国が王妃として相応しいと考える理想像の塊。徹底的に人格を潰し、理想だけを詰め込んだ木偶以下の傀儡。

 予定調和をもたらすだけのつまらない肉の塊として死に続けている私は、おそらくそう遠くない将来に自ら生物としての死を選ぶでしょう。今となってはそれが楽しみですらあります。死ぬ時、解放されるその時、私は一体どれほどの幸福感に包まれるのかなんて、想像しただけで背中に鳥肌が立ちますわ。


 でもそれは今じゃないのです。もう少し先、私という人形が損なわれたら最も困るタイミングで、私は命を絶つのです。その後の国の混乱は想像するだけで笑ってしまうほどに、私にとって甘美な未来なのですわ。

 まだ私は替えが効くのです。壊れても他の誰かを代替品にすればいいのです。でもあと六年も経てば私の替わりを務められる都合の良い生け贄なんて見つからなくなる。そう考えると、誰にも見せられないような醜い笑みが私の顔には自然と張り付くのです。

 それは薄く美麗な仮面よりも、よほど愛おしい真実の表情なのです。私の外に浮かび上がってくる数少ない感情なのです。私が独占できる希少な人格なのです。醜い人格ですわ。身憎い感情ですわ。見難い表情ですわ。でもそれがいいのです。


 ただ、勘違いしないでいただきたいのは、私は死を楽しみにはしていますが、死ぬことを願っているわけではないということですわ。生きられるものなら生きたいですわよ、それは。ただ、傀儡のままでは死んでいるのと変わらないのでだったら死んでしまえというだけの話ですわ。

 もし、私が第一王子の婚約者という立場を捨て、どこかで普通に生きていけるのなら、私はきっと、みっともなくも生きることを望むのでしょう。例え誰に望まれなくとも、私だけは望むでしょう。そんな日が、来るわけもありませんが。

 そんな風に現状を打破することすら諦め、終わりを希望としている私こそ、私がもっとも忌み嫌うものだというのは、なんとも情けない話ですわね。自分を殺すことが、人生における唯一の希望だなんてこんな女が、将来的に王妃になって国を率いるなど、笑い話にもなりませんわ。


 現国王は自国を滅ぼすつもりなのかしら。そんなことを聞けば、情状酌量も弁護も関係なく一発で打ち首になるでしょうけれど。まあ、子が愚かなら親も愚かなのでしょう。賢明さを期待する方が馬鹿ですわ。

 何かを得ようとも、何かを捨てようともしないくだらない日々は、明日も来週も来月も来年も続いていくのだと私は割り切っていました。


 友人どころか知人というのも怪しい令嬢たちと、控えめに笑いながら味の分からないままに高級な紅茶を飲んでいる場に、あの男が現れるまでは。


「アンナ・デルスロ・フォーマットハーフ嬢ですよね? 俺は本日こちらの学園に留学してきました、シユウ・ヒストル・フルランダムと申します。少々お話があるのですが、今お時間、宜しいでしょうか?」

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