ろぼっと
私はロボット。ジョゼフ・ハルマー氏の所有するロボットです。
氏はとても気難しい人のようです。人付き合いが苦手で、友人と呼べる人は片手で数える程。普段仕事場であるスタジオにこもりきり一日中絵を描いています。私はそのアシストをします。指定された画材を手渡し筆を洗います。それだけ。
絵を描いていない時、氏は窓から外を眺めています。私はそれをスタジオからじっと眺めています。氏がまた絵を描き始めるまで眺めています。それだけ。それだけしか仕事はありません。私はロボットです。
ある日家にアンドロイドが届きました。流行りの型のアンドロイドのようです。世間ではアンドロイドが一般的に普及していて、今時ロボットなんて使っているのは氏くらいでした。
アンドロイドの見た目は殆ど人と変わりません。額に浮き出る『アンドロイド』の文字以外仕草、表情の一つを取ってもとても滑らかです。
アンドロイドはとても高性能で、今まで氏が一人でやっていた家のことも全て任されていました。家はどんどん綺麗になり、氏が料理や掃除で苦労することもなくなりました。でもアンドロイドは自分で一番凄いのは一流家政婦のような仕事ぶりではなく、『感情』を持っていることだと言いました。
「ロボットくん。君には分からないだろうけど、これは凄いことなんだ。『感情』によって僕らはより人間らしく、より自然に主人に奉仕できるようになる。……ああ、ごめん。君を傷付けたかった訳じゃないんだ。君の仕事も素敵だと思うよ、具体的にどうとは……まぁ、分からないけど」
アンドロイドは腕を組み眉を顰めて形容し難い表情をしました。私にはそれが何を意味するのかまだ分かりません。
アンドロイドは働きます。家の中を超えて、氏の仕事の、詳しく言うと氏の絵を宣伝し、売ります。
テレビにも出ます。人前に出るのが苦手な氏の代わりにいろんな番組に出ては氏の絵について、氏その人について語ります。おかげで世間で氏の評価は上がり、氏に親しみを覚えぜひ本人に会いたいと言う人達も多く出てきました。アンドロイドは笑顔です。
「僕はこの仕事にやり甲斐を感じているよ。僕が頑張れば氏の名を知る人が増え、氏もまた人と接触する機会が増える。コミュニケーションは大切さ、人を人たらしめる最も重要な能力だ。今の氏にはそれが足りない。君にもだけど……まぁ、必要ないのかもね。それぞれの役割ってのもあるんだから」
アンドロイドは私をよく分からない目で見ています。私はロボットです。アンドロイドではありません、人でもありません。ロボットです。
ある日、アンドロイドはスタジオでバラバラになっていました。私がその残骸に引っ掛かりながらザリザリと進んでいると、氏は何も言わずにゴミの袋へと残骸を放り込んで、本当はいけないことですけど、アンドロイドを燃えるゴミの日に捨てて来てしまいました。
氏は人間です。氏は人間が嫌いです。
「アンドロイドなど鬱陶しいだけだった。人間のように感情を持ち、母親のように口出しをし、父親のように私の人生を制御しようとする。そんなものは私には必要ない、道具さえあればいい」
無表情で呟かれた氏の言葉に、私はとても、嬉しく思いました。
私はロボット。ジョゼフ・ハルマー氏の所有する、氏が大好きなロボットです。