第9話、そりゃあ、いるよね異世界だもの
背負ったリュックと両手に持ったトートバッグには百円ストアーで買った生活雑貨が満杯。ワンルームの中央に立ち、これで異世界転生の準備は整った。
「よし、ドーンと儲けるぞ」
今は夜だから向こうは午前になる。俺はヤオジの村を思い描く。トルティアの家、レンガ造りの家の前に立っている彼女。トルティアの笑顔を想像すると視界に白い霧が出てきた。やがて、その色が反転して暗黒に変わった。
転送完了。
異世界は曇りだった。目前には見覚えのあるレンガ作りの家が建っている。
トルティアの姿は見えない。家の中にいるのだろうか。
見渡すと村の様子がおかしい。家の柵が壊されていて、そこら中に争ったあとがある。
異様な雰囲気が漂う村の中央通りを進むと、向こうに人だかりが見えた。行ってみると、村人が集まってザワついている。
「あ、サトウさん」
それはトルティアだった。いつもの笑顔は消えて、その表情は深刻そうな影を帯びている。
「トルティアさん。どうしたんですか」
彼女は目を伏せると、地面を指さした。見ると、そこには今まで見たことがない動物が横たわっていた。
灰色で毛むくじゃらの大型動物。体長は2メートルくらいで頭は犬のようだが手足が長い。まるで狼人間のようだった。もう死んでいるようで息をしていない。
「コボルトです」
トルティアがポツリと言った。
コボルトかあ。そういえばゲームに出てくるコボルトと似ている。やはり、いたんだなあモンスターが……。そりゃいるよね、異世界だもの。
「昨夜、数匹がやってきて村人を襲い、小屋の家畜を奪っていったんです」
彼女は泣きそうな表情。ゲームならばギルドなどに依頼するのではないか。
「冒険者とか雇うことはできないんですか」
「用心棒になるような人は中央に行っていて、ヤオジのような片田舎には来ないんですよ……」
そうなのか。ゲームとは違うんだな……。ネットゲームならば、ここで正義の味方としてプレーヤーが参入するだろうけどなあ。
「また襲ってくるかもしれません。村人から自衛団を募らないと……」
長老の孫娘であるトルティアは、病気のおじいさんの代わりに村を率いているのだろうか。
「あのう……。俺にできることがあったら……」
そんなことを言っても俺に何ができるというのだ。ちょっと前まで引きこもっていた34歳の小太りオヤジ、その運動不足の非力人間が。
「いえ、サトウさんに頼んだら悪いですよ。そこまで甘えるわけには……」
無理に作っている笑顔が痛々しい。彼女は俺が弱いことを知っているんだよな。
トルティアの家に戻って、日本から持ってきた雑貨のいくつかを彼女にあげた。
頭を下げて、丁寧に礼をする彼女。
「あの、サトウさんは砂金が欲しいのですよね」
「ええ、そうですけど」
「だったら、先日の銀貨で砂金を買ったらどうですか。川でも取ることができますけど、そんなにたくさんは無理ですよ」
そうか、その手があったか。この世界では砂金の価値は低い。しかし、キラキラしているから趣味で集めている人もいるかもしれない。いや、それなら百均で買った雑貨を直接砂金と交換すれば良いのでは?
「なるほど、その手がありましたね」
ちょっと心苦しかったが、俺はトルティアが作ってくれた弁当を持って、シンヤードの町を目指して村を出た。
彼女は馬車で送ってあげると言ってくれたのだが、コボルトの件でゴタゴタしている状況で好意に甘えるわけにはいかないよな。
シンヤードまで約10キロメートルもある。
荷物を持って歩くと息が切れる。これで少しは痩せることができるだろうか。
しばらく歩くと足が痛くなってきたので木陰で一休み。草むらに腰を下ろして水筒の水を飲む。
コボルトから村を守るために、何かをできるのだろうか俺は。
あのモンスターと直接、戦うのは論外だ。俺が剣を持って向かっていっても3秒で瞬殺されるだろう。トルティアにもそれが分かっているから俺には頼まない。
情けないなあ。トルティアに頼られたい、女の子に頼られるような男になりたいものだ。
部屋に閉じこもってゲームばかりやっていたときは、他人も自分も、どうなっても構わないという感じだった。しかし、異世界転送の能力を得て、人と接するようになったら自分の中の何かが変わったようだ。
モンスターをどうするか。自分には何ができるか。
自分には何ができるのだろう。
俺にできること……お金儲けくらいかなあ……。
顔を上げる。そうか、お金を使えばいいんだ。お金で用心棒を雇えばいいじゃないか。
しかし、この世界では冒険者などは来てくれない。……だったら、日本から連れてくれば良い。日本に帰って戦闘員を探せば良いのだ。自衛隊からスピンアウトした人がいると思うから、ネットなどで募集して兵士を集めれば何とかなるのでは。
アイディアを思いついて心が軽くなった。俺は立ち上がって歩き出す。
傭兵を集めるとしても、問題は山積みだろう。でも、マネーがあれば何とかなるさ。今は楽観的に考えることにするぜ。
シンヤードの町に着いたのは昼過ぎだった。
俺は適当な場所に荷物を置いて、後ろの壁に布を貼り付ける。それには、砂金を高く買い取ります、と書いてあった。トルティアに書いて貰ったのだ。
地面にシートを敷いて雑貨が入ったバッグを並べる。
しばらくすると、物珍しさで人が寄ってきた。
「おじさん、砂金というのは川で採れるキンキラの砂のこと?」
男の子が聞いてきた。
そうだよ、と答えると男の子は家から持ってくると言って走って行く。しばらくして、小さな布袋を持ってきた。
「これでいいの?」
手に取って中を開くと砂金だった。1キロぐらいかな。これで200万円になるか。
子供に雑貨の中から好きなものを選ばせる。男の子は目を輝かせてバドミントンセットを持って行った。
それからはドンドンと砂金が集まってきた。町の人達は我先にと砂金と雑貨を交換していく。砂金を持っていない人には、銀貨と交換してあげた。後で銀貨を使って砂金を買えば良いだろう。
夕方になって商品が売り切れると、目の前には砂金の山ができていた。すべてをリュックに入れて持ち上げようとしたが、重くてダメだ。仕方なく、半分を袋に入れて茂みの中に隠す。この世界では、砂金に見向きもしないので盗まれることはない。
リュックを背負うと重みが腰に来た。50キロくらいあるかもしれない。
俺は日本のことを思い出す。ゴールドが50キロだと、ええーと……何円になるだろう。
頭の中に札束が舞う。そのマネーで傭兵を募るのだ。すると、トルティアの笑顔が脳裏に浮かんだ。
目の前の風景が色を失い、そして光を失って暗闇に閉ざされた。