第8話、がいだんす 2
トルティアと楽しく話しながら馬車に揺られて帰るのもいいな。
そう思ったが、俺は会話が下手。途中で話題が無くなり、黙り込んで気まずくなってしまうだろう。そう考えて、すぐ日本に帰ることにした。
「じゃあ、俺は帰ります」
見るとトルティアは残念そうな顔をしている。もしかしたら彼女は俺に気があるのだろうか。34歳の小太りオヤジでも女子高生くらいの年齢と付き合えるのか?
それって援助交際みたいになるのでは……。
「また来てくださいね、サトウさん」
その笑顔がまぶしいぜ。視線をそらすと、また胸の谷間に目が行く。いかん、いかん。
「すぐに来るつもりです。そのときはよろしく」
そう言って、ズッシリと重いリュックを背負った。中には砂金と銀貨が入っている。
日本に帰りたい、日本に。日本に帰って砂金を換金すればウハウハだぜえ。
俺の願望によって転送能力が発動する。目の前が白っぽくなってきた。やがてブラックアウト。
気がつくと部屋の中央に立っていた。
異世界で移動していても日本に帰るときは、行った場所と同じ所に戻ってくるらしい。
借りている六畳一間のワンルームアパート。ヤオジに行ったときは夜だったので照明を点けたままだ。
カーテンをめくると東の空が白んでいる。だるくて眠い感じなので冷蔵庫の中から適当に取りだして適当に食べる。やがて睡魔が強まってきたので、シャワーを浴びてベッドに倒れ込んだ。
起きたのは昼過ぎだった。
カップラーメンを食べてから、録画してあるアニメを見始めた。
そのアニメは、不慮の事故で死んだオッサンが異世界に転生し、女神からもらったチート能力で無双するというもの。
「最近、こんなアニメが多いなあ」
俺みたいに特殊能力が全くないという物もあるが。
「自分の転送能力も、細かい設定が分からないよ」
またロリータを呼ぶしかないか。
アニメを見終わってから、俺はテーブルを隅に寄せて正座した。
「コパル様、コパル様、お出ましになってください」
アラーの神に祈るように、バンザイをした状態でお辞儀する。しばらく、上半身を伏せたり起こしたりを繰り返していると聞き覚えのある声がした。
「また呼んだの。あたしは忙しいといったはずだわよね」
ピンクのエプロンドレス風ワンピース。幼女は腕を組んで口をキリッと結んでいた。
「ははー、申し訳ございません。どうしても伺いたいことがございまして……」
床の上、半メートルほど浮かんでいる悪魔。何とかスカートの中をのぞけないかなと思ったが、少し離れていたので無理だった。
「で、どんなことを聞きたいの?」
「異世界に運べるのは自分が持ち上げることができる物だけということでしたが、もっと重くて大きい物は運べないのでしょうか」
トラックなどがあれば輸送が楽になる。
「それはルールだからダメよ。あんたが持てる物だけ……。体を鍛えれば?」
ウェイトトレーニングかよ。俺は運動が苦手なんだよなあ。
「バイクとかはダメなんですよね」
「あんたが持つことができなきゃダメよ。自転車でいいんじゃないの」
「うーん、自転車かあ。道は舗装されていないからキツいかな」
「じゃあ、分解して持って行けばあ?」
ああ、そうか。その手があったか。ミニバイクだったらタイヤを取り外して2回で持って行けるかな。
「そうですね。何度も頻繁に行き来すれば……」
「ちょっと、ちょっと。あんた」
頭を踏まれた感じがしたので、見ると空中のコパルがパンプスで踏んでいた。パンツがチラリと見えた、ラッキー。
「日本に帰ったら、すぐに転送できないだわよ」
「えっ」
「異世界に行ったときは、すぐに帰ることができるけれど、日本に戻ってきたら1日経たないと転送できないだわよ」
そうなのか……。俺は腕組みをした。異世界転送には時間的な制限があるわけだ。よく考えて効率よく行ったり来たりしないと。
「それから、異世界に出発したら、移動した場所にかかわらず必ず出発した地点に戻ってくるわ」
「はあ、そうですね」
「ただし、異世界に行く場所は自分で選ぶことができるだわよ。一度行った場所なら転送するときに、その風景を思えば行きたいところに着くだわよ」
それは便利だ。余計な移動を無くすることができる。
「こんなもんで分かったかしら」
「ははーっ、ありがとうございます。コパルさまー」
土下座してお礼をする。
少し待ってから、まだ浮かんでいるかなと思って顔を上げると、すでに消えていた。
これで必要なガイダンスは貰った。後は効率よくマネーを手に入れることだ。
俺は玄関の鍵を確かめてから、例の勝利のダンスを舞って美幼女悪魔に奉納する。そして、髭を剃ってから外出の支度を始めた。
*
「すいませーん。また買って欲しいんですどー」
前に来た店だ。相変わらず店内には客がいない。
「いらっしゃいませ」
奥から出てきた店主は以前と同じ、背の高い老人だ。俺を見て不思議そうな顔をした。
「これはどのくらいになりますか」
革袋を開いて見せた。中には異世界で手に入れた銀貨が入っている。
「ふむ」
老人は1枚手に持ち、拡大鏡で点検する。
「これは銀貨のようですが、混じり物が多いようだ。たいした値段にはならないな」
「いくらになりますかね」
老人は首をかしげて言った。
「1枚50円くらいかな」
そんなに安いのか銀は。ゴールドとは桁違いだな。シンヤードなら1万円の価値があるんだから、ここで売っても仕方がない。俺は銀貨の袋を引っ込めた。
「こちらはいくらになりますか」
今度は砂金が入った袋をカウンターに乗せた。
店主が袋を開いて目を丸くする。
「あんた、前にも来たことがあったかな」
そうか、あのときは若い状態だった。
「ああ、ええ……。親戚がここで砂金を売ったと聞いたんで俺も来たんですよ」
本人だと言っても信じないだろうし、信じさせる必要も無い。
店主は前と同じように拡大鏡でじっくりと観察した後、何も言わず数粒を取り出して店の奥に入っていった。
比重検査とかをやるんだと知っていたから、俺は文句も言わない。
しばらくして老人が戻ってきた。
「前と同じに純度が高い」
そう言って粒を袋の中に戻して、カウンター上の計量器に乗せた。
「3230グラムだね」
そうか、前回の倍くらいだな。
「いくらで買い取ります?」
老人はジッと俺の顔を覗く。
「訳ありなんだよね……。600万でどうだい」
そんなものか、と思って俺は首を縦に振った。
店を出て、これからのことを思い描く。
まず百円ストアーで、またオモチャや雑貨を買いまくる。そして、小型バイクを手に入れて分解する。……すると、もっと大きな部屋が必要かな。自動車も買った方が良いな。できれば大きな家に住みたいし、メシも旨いものを食った方がいいか。それから、トルティアにブローチなんて買ってあげようかな……。
ふと立ち止まる。
俺は贅沢になっているのか。以前は、寝る場所があってゲームをやることができれば俺の人生は満足だった。お金という物は海水のようで、飲めば飲むほど喉が渇くのだろう。お金を稼ぐと、もっと稼ぎたくなって際限が無くなるのか。
いや、お金は可能性だ。お金があればできることが増えるし、人生の選択肢が増える。お金がなければ、やりたいこともできなくなる。お金は道具なのだ。使い方さえ誤らなければ有効に利用できるのだ。
心の中にモヤモヤしたものが残っているが、気にしないでお金儲けに精を出すことにしよう。
そう納得して歩き出した。