第67話、争い無きとき
夕暮れの森。木を縫うように吹く風。それに冷たいものが混じっている。
戦いの夏は過ぎて、季節は秋に変わろうとしていた。
車を川のそばに停め、俺は川で砂金を取っている。
リザードマンの領地から二百メートルほど離れた場所。境界線が明確に決まっているわけではないが、おおよその区分は不文律で両者とも分かっていた。
黒い皿に川底の砂を入れ、流れを利用して砂と砂金を振り分ける。
この辺は、ほとんど砂金を取り尽くしてしまったので、皿の底に残るのは数えるほどの砂金の粒。もう少し上流に行って、リザードマンの領地に入れば手が付けられていない砂金が大量に採取できるのだが。
たった一人で報いの少ない作業をしているのには理由がある。
しばらく砂金取りをやっていると、リザードマンの見張りの兵がやってきた。
「お前は何をやっているのか」
槍を持ったリザードマンの兵士。境界線の警備兵をしている。
「あ、いや、俺は砂金を取っているんですよ」
「砂金?」
「はい、これです」
布袋を開いて、収穫を見せる。中には十グラム程度の光る粒。
「前から不思議に思っていたんだが、どうしてお前は、そんな物が欲しいのだ」
リザードマンにとって、ゴールドは装飾用としての価値しかない。
「これは日本に持っていくと高く売れるんですよ」
そうかと言って、兵士は軽自動車の回りを点検する。ダイハツ・タントのハッチバックは開いたままで、荷台にはドッグフードがこれ見よがしに置いてある。
「これは例の食べ物か?」
兵士は荷台をのぞき込む。
(ふっ、かかったな)
俺は心の中で親指を立てて、グッジョブのサイン。なぜかリザードマンはドッグフードに目が無い。
「ええ、そうですよ。よろしかったら差し上げますよ」
リザードマンは返事に窮した後に、要らないと言って去って行った。
人間とリザードマンは関係が断絶している状態で通商は禁止されている。そんな中で人間から物をもらうわけにはいかないのだろう。
一休みした後、また川に入って砂金取り。
暗くなったので、電池式のランタンを水辺に置いて川底を照らす。
しばらく、ダラダラと砂金を取っていると、草をかき分ける音がして、一匹のリザードマンが現れた。
「おい、人間。その食い物を譲ってくれないか」
さっきの兵士とは違う。さっきの兵士から話を聞いてやってきたのだろう。
「はい、はい、いいですよお」
やっと来たか。待ちくたびれたぜ。
砂金を採取する振りをして、リザードマンがやってくるのを待っていたのだ。
大っぴらに取引するわけにはいかないので、夜になってからコッソリやってくるだろうという読みが当たったということ。
川から出て車の荷台に積んであるドッグフードを大きなトートバッグに入れる。
「それで砂金は?」
振り向いて対価を要求すると、相手は布袋を二つ差し出す。手に取るとカクンと下がるほどの重さ。口を開いて中を見ると一つは砂金で十キロ以上あるよう。もう片方は金細工の装飾品が入っていた。
日本で売れば一億円くらいになるか……。心が躍って顔がニヤけてくるのが分かる。やっぱり、俺は根っからの商売人なんだな。
にこやかな顔でトートバッグを渡した。リザードマンの表情は変化が乏しいのだが、なんとなく喜んでいる雰囲気が伝わってくる。
「また頼むぞ」
そう言って、リザードマンは森の奥に去って行った。
「毎度、どうもー」
直角にお辞儀をする俺。今日は商売繁盛だ。
荷物をまとめて車を発進させる。
今、運転しているダイハツ・タントは麻美さんの物だったが、あいつは俺のお金を使ってレクサスを買いやがったので、この軽自動車は俺の物にしたのだ。
さっき確立した、密かにドッグフードと砂金を交換するというルートを山口にも教えようか迷ったが、秘密にしておこう。あいつに教えると、またトラブルを起こして、せっかく構築した砂金入手ルートを壊してしまうような気がするから。
それに藤堂さんたちにも内緒にしておいたほうが良いだろう。
シンヤードを目指して走る車。揺れる車内。ヘッドライトに照らされた道は、道路と呼べないほどに荒れていた。
*
シンヤードの住民から俺達が襲われて、しばらく経っているが動乱の気配は無い。支部長が説得してくれたので、とりあえずは収まったようだ。
それに俺達を攻撃すれば、逮捕されるので納得するしかないのだろう。
もう客は来ないだろうと思って佐藤商会は店を閉めていたのだが、生活雑貨品を買いにシンヤードの住民がやってきた。それで、しばらくぶりに開店することにした。以前ほど多くはないが、それでも毎日のようにお客がやってくる。
俺に対抗してか、山口は自分の店をシンヤードに開きたいという。
ただ、あいつは窃盗罪の執行猶予中なので、商売などはできない。そういった規則になっているので、あと半年は真面目にやるしかないのだが、山口は戦闘に参加して活躍したという実績をアピールして刑期を短縮する交渉をしているそうだ。
リザードマンとの和平交渉が結ばれたので、ベイカー将軍は引き連れてきた三千の兵と一緒に大陸の中央に戻っていった。
中央ではモンスター軍団との大規模な戦いが長く続いているという。
藤堂さんから、一緒に大陸の中央に行ってくれないか、と頼まれた。藤堂さんや健司さんは、戦いに参加したくて仕方がないのだろう。
参戦するとトルティアと会う時間が無くなるし、命の危険も段違いだ。藤堂さんの頼みを俺は即座に断った。
まず、戦費をどうするのか。砂金が取れなくなった今、十分な武器をそろえることができない。向こうの世界から転送してきた銃や手榴弾などの強力な武器があって初めて藤堂さん達の戦闘技術が真価を発揮する。銃が無ければ剣や弓で戦うしかない。それならばギルドの兵士と変わらないではないか。
そう言って説得すると、藤堂さんは黙り込んで向こうに行ってしまった。ちょっと可哀想だが、俺は商売人であって戦士ではない。
戦闘に参加して、ギルドから給料をもらったとしても、その銀貨は異世界ではそれなりの価値があるかもしれないが、日本に持っていっても大したお金にならない。ブラックマーケットで武器を調達するには全く足りないのだ。
戦争には莫大な費用が必要だ。それは破壊のためであり何も生み出さない。戦争とは何と不合理なことか。
トルティア薬局も営業を再開した。
リザードマンとの戦闘中、トルティアは日本に来る余裕が無かったのだ。
薬局には、待ちかねたお客が集中した。以前は一日に一人の診療が普通だったが、開店した当初は4人をこなすこともあった。
忙しそうだったので、俺も手伝った。仕事が終わった後は横浜でデートだ。
戦争の時は、それだけしか考えることができなかった。全てのリソースが戦争に集中し注入されていった。しかし、戦いが終われば、住民も自分のことを考えることできる。
戦争が無くなって、やっと自分を取り戻すことができるのだ。




