第66話、和平交渉ふたたび
トルティアが作ってくれた朝食を食べた後、俺は隊長と一緒にリザードマンの本拠地を目指した。
夏の暑さは峠を越え、車の窓からは秋のトンボが飛んでいるのが見える。
藤堂さんが運転するホンダの軽自動車。道路とは呼べないような荒れた道を走っていた。攻撃に使ったトヨタのハイラックスは佐藤商会に戻して、長沢が修理中。
やがてリザードマンの拠点である、山並みが見えてきた。
山道を登ると、リザードマンの兵士に止められた。
「俺達は使者だ。争うために来たわけじゃない」
藤堂さんが車から降り、両手を挙げて説明。
俺も助手席から外に出て、戦意のないことを示すようにバンザイする。
「お前達は何のために来たんだ」
上官らしきリザードマンが尋ねてきた。他の兵士が俺達を身体検査して、拳銃を取り上げた。以前は無視していたが、先日の戦いで銃の危険性を思い知ったのだろう。
「和平交渉に来た。首領と話をさせて欲しい」
俺達をじっと見ている上官。
なんかヤバいかな。背中の汗が冷える。
「よし、いいだろう。付いてこい」
そう言って上官のリザードマンが歩き出す。
良かった。すぐに戦闘が始まることはなかったか。
藤堂さんと一緒に、上官の後を歩くと他のリザードマンが剣を持って取り囲みながら同行した。
やがて見覚えのある湖に出た。しばらく歩くと、ウポンケ様の聖廟があり、扉は閉まっていた。
大勢のリザードマンがこちらを見ている。しかし、襲ってくるほどの敵意を感じられない。彼らは武器を持っていないし、戦闘準備をしている様子もない。もう、シンヤードを攻撃するような感じはしないな。
水辺を歩いて、首領が住んでいる大きな丸太小屋に入る。
床に正座して、しばらく待っていると族長のウンパパがやってきた。
「私たちはギルドからの使者としてやって参りました」
藤堂さんが頭を下げたので俺も頭を垂れる。
「使者とは、どのような要件だ」
ウンパパはドッカリとあぐらをかいて俺達を見据える。その後ろには武器を持った数匹の近衛兵が立っていた。
「ギルドは和睦を求めております。そちらの意向をお伺いしたい」
隊長が顔を上げて言った。
「まあ、話は聞いても良いだろう」
あれ、ウンパパからは敵意を感じられない。後ろの警備兵も冷静だ。
「人間側からは領地の割譲をいたします」
そう言って藤堂隊長は内ポケットから紙を取り出した。
「前にも申しましたが、この地を差し上げようと思います」
指で地図を示す。そこはリザードマンの領地に近い場所で湿地帯だ。人間としては扱いに困るが、リザードマンにとっては良好な生活の場所。
ウンパパは尻尾の先をチラチラと揺らす。
しばらく腕組みをして考え込むウンパパ。
どうなるのか。族長の答え次第では、また戦争になってしまう。
「良かろう。和睦を受け入れよう。リザードマンの族長として人間に対する憎しみは全て水に流すことを約束する」
族長はしっかりと言った。俺達は「ありがとうございます」と言って深く頭を下げた。
なんか、あっさりと決まったなあ。ちょっと気が抜けてしまった。
しばらく、細かい打ち合わせをしてから、俺達は外に出た。
この地で商売をしても良いか聞いてみたが、いくら何でもそれはダメだった。最大の収入源が無くなって残念だが仕方がないな。
車に向かって歩いて行くと、後ろから二匹のリザードマンが付いてくる。
たくさんのリザードマンが遠巻きにして俺達を睨んでいるが、襲ってくるような気配は感じられない。
やがて、軽自動車までたどり着くと、リザードマンは拳銃を返してくれた。
ホンダのN-BOXは下り坂を進み、平地にさしかかると、安心して俺はドッと疲れが出たので大きく深呼吸して動悸を抑える。
「藤堂さん、無事に帰ってこれましたね」
「まあな」
運転席の横顔を見ると相変わらず不敵な笑いだ。
「戦闘で大勢のリザードマンを殺したから、てっきり殺されるかと思ってましたよ」
俺は商売人なんだから危険な仕事は遠慮したい。
ハンドルを握りながら藤堂さんは俺をチラッと見て、また前方に視線を戻す。
「まあ、そんなことはしないと思っていたがな。あの族長は話の分かるリザードマンだから」
「それはそうですけど、他のリザードマンがよく襲ってこなかったものですね」
激発して暴挙に及ぶ者がいるかなと思っていた。
「それはリザードマンが俺達の戦力を評価したからさ。つまり、人間軍の武力が強いと認め、それを恐れたから攻撃してこなかったし交渉も上手くいったのさ」
淡々と説明する藤堂さん。
「そんなものですか」
「そんなものさ。地球でも同じで、武力を持たない国はないがしろにされる。背景に軍隊があって初めて対等な交渉のテーブルに着くことができるんだ」
国家間の関係も結局は軍隊という暴力がものを言うのかな。冷静で理性的な話し合いでは何も解決せずに、軍隊の戦力をちらつかせて相手を従わせるということか。
「憲法九条が日本の平和を守っているわけではない。自衛隊の戦力が守っているんだ」
藤堂さんは強く言い切った。
俺は「はあ」とつぶやくだけ。
「もし、本当に軍備を放棄したら、良からぬ国からタコ殴りにされるだろう。それを日本人は平和ボケしているから分からないのさ」
藤堂さんの言葉に黙り込むしかない、俺。
日本を取り巻く国際状況は暗雲が立ちこめている。もしかしたら戦争が起こるのだろうか。ああ、徴兵されるのは嫌だなあ。平和な国で、俺はのんびりと商売を営んでいたいだけなのに……。
数時間、走るとシンヤードが見えてきた。
門を通り過ぎてギルドに行く。
「じゃあ、俺は支部長に報告に行ってくる」
そう言って車を降りた。
「あのう……」
「何だ」
「長引くようだったら一人で帰ってもいいですか」
トルティアに俺が無事なことを知らせたい。
隊長は「ふーん」と言って上を向き、少し考えた後に言った。
「ああ、いいよ。先に車で帰ってくれ」
「ありがとうございます」
俺は運転席に移り、佐藤商会を目指す。
戦争は終わった。これでやっと商売が再開できる。前途は多難だが、まだ生きているんだから何とかなるさ。
昼過ぎの日差しは、夏にしがみついているようで、まだ暑い。俺はトルティアの笑顔と彼女が作ってくれる昼食を想像しながら車を急がせていた。




