第65話、死んだ者の声
夏の夜。物騒な雰囲気を感じたのか、夏の虫は鳴きやんでいた。
二階には俺と健司さん、それに長沢。一階では藤堂さんが指揮を執っている。山口も銃を持って窓辺に立つ。トルティアやカリーナはマガジンに弾を込める係。
俺は人間を攻撃しなければならないのか。
持っているマシンガンが震える。言いようもない不安感が俺を縛っていた。
リザードマンなら、相手がモンスターということで、まだ納得できた。しかし、敵は人間なのだ。俺と同じ姿をした生物を殺すことが俺にできるだろうか。
人間が人間を殺すということはどのようなことなのか。
俺が人間を殺した後で、それからも普通に生活することができるのかな。
日本では殺人事件が頻繁に起こっている。人間を殺すのはけっこう簡単なこと?
パーンという音がして壁のレンガが砕ける音がした。
あいつら、本当に撃ちやがったのか。
「反撃を許可する! ただし、最初は威嚇射撃だ。人間に当てるんじゃないぞ。お前達が自分で危険と判断したら当てても良い」
隊長の命令が飛ぶ。健司さんの自動小銃が咳き込んで、彼らの手前に弾丸をまき散らした。
群衆が引きさがる。そして、怖がるように反撃してきた。
窓ガラスが割れ、銃弾が壁に当たる音が部屋の中に響く。彼らは、そんなに命中率は良くないようだ。
長沢が窓からマシンガンで威嚇射撃をする。
「手榴弾に気をつけろ! それを持っているやつは迷わずに撃て」
隊長が一階から怒鳴る。
俺は窓から単発で撃った。素人が連射モードで撃つと人間に当たるかもしれない。ざっと見たが、手榴弾を持っている人はいないよう。
そのとき、向こうから馬車が走ってきた。
三台の馬車が群衆と建物の間に割り込む。
停車した馬車から降りてきたのは、ギルドの支部長だった。
「お前達は何をやっているのか!」
地面に響くような支部長の声が、武装した住民に浴びせられる。
「栄光あるシンヤードの市民が、こんな愚かなことをして良いと思っているか」
支部長の叱責に住民達が銃を下げる。ギルドの支部長は杖をついている老人だが、声は重く響いていた。
「しかし、こいつらのせいで俺達の同胞が死んだのですよ。俺の友人も死んでしまった」
震える声で住民のリーダーが訴えた。
「確かに戦争の原因を作ったのは日本人かもしれない。だが、彼らは責任を取るために命がけで戦ってくれたのだ。もう、彼らを許すべきだとワシは思う」
そう言って支部長は杖で地面を突いた。
「でも、俺は納得できません……」
リーダーは泣きそうな声で顔をゆがめる。
「危険な状態の時は日本人を頼って、危険が去ったら彼らを殺すというのか。それは恥知らずの人間の行為だ。そうは思わないのか」
支部長の説得はリーダーの心に突き刺さっているよう。下を向いて何も言わない。
「戦いで亡くなった者はシンヤードの町、それに家族や友人を守ろうとして死んだのだ。彼らの崇高な思いをお前達は踏みにじって泥まみれにしているんだぞ! どうして、それが分からんのだ」
支部長の厳しい指摘にリーダーは肩を落とし、すすり泣き始めた。
「もう日本人の罪は問わない。これはギルドの正式な決定だ。もし、これからも暴挙に及ぶようなら全員逮捕して投獄する!」
毅然とした支部長。住民は何も言えなくなり、徐々に去っていって誰もいなくなった。
そうだよな。戦死した人間は何も言えない。彼らは自分の生活を守るために戦ったのだ。日本人を殺すことを望んでいたとは思えない。生き残った者は死んだ者の声にも耳を傾けることが必要なのか。
俺達は一階に降りていった。隊長が銃を置いて外に出て行く。
「支部長、助かりました」
そう言って深いため息をついた。隊長にとっても人間を相手に戦うのは精神的な負担が多かったよう。
「ああ、済まなかったな。シンヤードの住人達が迷惑をかけた」
そう言って頭を下げる。
「あ、いや。大丈夫ですよ。死傷者も出なかったですし」
隊長が笑って手を振った。
「まあ、これからもよろしく頼むよ」
笑顔でうなずく支部長。
「了解しました」
隊長は敬礼で答えた。
「それでだなあ……心配なのはリザードマンの動向だ」
杖に体重を掛け、少し前屈みになる。
「そうですね。また襲ってくるのか、それとも、あきらめて攻撃してこないのか。はっきりさせたいものですね」
腕組みをして口を結ぶ隊長。
「それで、まあ、相談なんだが……」
支部長は杖で地面に円を描く。
「何でしょう」
「また、使者としてリザードマンの本拠地に行ってくれんかなあ……」
そう言って支部長は複雑な笑いを浮かべる。
使者は殺さない。リザードマンの首領はそう言っていた。
だが今度、使者として赴いたら、殺されるのではないか。戦争前は良かったが、戦いでは多くのリザードマンを殺してしまった。ノコノコ行ったら無事では済まないような気が……。
「了解しました」
隊長は敬礼した。
即答かよ……。まったく恐れを知らない藤堂隊長だ。それには俺も連れていかれるのだろうなあ。
「明日の朝に出立しましょう。佐藤さんも用意してくれ」
俺をの方を向いて平然と指示する。やっぱり俺も行くのか、隊長さんよお。
「……はあ、分かりました」
断るわけにはいかないだろうな。
後ろを見るとトルティアが胸の前で手を組み、俺の方を心配そうに見つめていた。
「あのう……」
「何だね」
俺の問いに支部長が嫌そうに答える。俺のことは嫌っているらしい。
「これからもシンヤードで商売しても良いものでしょうか……」
支部長はため息をついた。
「それは構わんが、今の市民感情では商いをするのは難しいのではないか」
支部長の言うとおりだ。しかし、商売の許可さえ確認できれば、とりあえず今はそれで良い。
「ええ、でも何とかしますから。よろしくお願いします」
俺は頭を下げた。
可能性だ。可能性さえあれば、後は自分で努力して何とかするんだ。
おぼろげながら光が見えてきた。俺は自分の方向性ができたことがうれしかった。




