第64話、再会
気がつくとシンヤードの事務所だった。
夕日が落ちて、街灯が町並みを照らしている。
二階建てのレンガ作りの家。異世界の言葉で佐藤商会と書かれた看板が掲げてある。
「どうやら無事だったようだな」
藤堂さんが辺りを見回している。
周りの状況は以前と変わりがなかった。シンヤードの城壁は破られなかったようだ。リザードマンは都市の内部に攻め込んでくることはできなかったのか。
あたりは静かで戦争をしている様子はない。
「コウイチ!」
事務所からトルティアが飛び出してきた。
「トルティア、無事だったんだ。良かったあ」
彼女は俺に飛びついて、思い切り抱きしめた。
「リザードマンに追われていたので、どうしたのか心配してたのよ」
彼女の腕に力がこもる。俺の姿が実体なのか確信を持ちたいのだろう。周りの住人が見ているが気にしないで体を密着させてくる。
「俺も他の皆も無事だよ。心配させてごめんよ」
軽くトルティアの背中に手を回す。
すすり泣くトルティア。
「まあ、続きは家の中に入ってからにしたらどうだ」
少しあきれたように藤堂さんが言った。
正気を取り戻したトルティアが恥ずかしそうに離れる。
家の中に入るとトルチェ達が待っていた。
話によると、俺達が転送した後にリザードマンは攻撃をやめ、しばらくして撤退していったそうだ。
川の水も流れてこないし、補給基地も破壊されてしまった。帰るしか方法がなかったのだろう。
「まあ、俺達の戦力に萎縮したのかもしれんな」
自慢げな藤堂さん。
藤堂隊長の意見は正しい。弓矢や剣しか見たことがなかった者が、機関銃や迫撃砲という初めて目にする強力な武器に攻撃されたのだ。勇敢なリザードマンでも戸惑うのは当然のこと。
ギルドに報告すると言って藤堂さんは外に出て行った。
俺はトルティアの部屋でソファに座って彼女の話を聞く。
疲れているのか、彼女は俺の肩に頭を乗せて今までの出来事を俺に話し始めた。
リザードマンがシンヤードを攻撃してきたとき、トルティアは狙撃銃で敵を倒しまくったそうだ。城壁に迫ってきた敵はショットガンや手榴弾、マシンガンで撃退した。
門を突破されそうになったが、俺達が本営に突撃したせいで、敵の攻撃は中断されて後退していったのだ。
敵は甚大な被害を出したが、味方も無事ではない。多数の死傷者が出たという。
話の途中でトルティアは寝てしまった。俺の膝の上に崩れてしまう。
小さな寝息を立てている女の子。アニメ系アイドルの誰かに似ているのだが、誰だか思い出せない。ブラウスの胸のボタンが外れて胸があらわになっている。着けている下着は俺が伊勢佐木町で買ってあげた物だ。
無防備なトルティア。これを良い機会と、胸を触ったり腰を触ったりできるだろう。そういった淫らな行為を前の俺だったらやったかもしれない。しかし、今の俺にはそのようなエッチなことはできるはずがないのだ。
トルティアを抱き上げてベッドまで運び、タオルケットを掛けてあげた。そして、明かりを消して自分の部屋に行った。
*
特にやることがないので、AK47のマガジンに弾を込めていた。
朝方、山口達が戻ってきた。
麻美さんの軽自動車、ダイハツのタントに全員が乗り込んで転送してきたのだ。
その車は異世界に置きっぱなしで良いという。麻美さんは俺のお金で新しい車を買うと笑っていたそうだ。
チクショウ、あの女。高い車を買うんだろうな。
しばらくして藤堂隊長が帰ってきた。
「リザードマンの被害は約二千。こちらの被害は42人が死亡し、百人以上の重軽傷者だ」
隊長が腰に手を当てて報告する。
俺達はイスに座って藤堂隊長を注目していた。
やはり、戦争をすれば死人が出る。それが戦いというもの。死んだ人の家族は嘆き悲しんでいるだろう。
お互いに傷つくのに、どうして戦争なんかするかな。
「ギルドの偵察隊によると、リザードマンは自分の領地に帰り、兵力を構成し直す様子はないということだ」
隊長が小さくうなずく。
「つまり、しばらくは戦力を建て直す余裕があるということですね」
「そうだな」
健司さんの意見に端的に答える隊長。
「もう、攻撃して来ないんじゃないかしら」
トルティアの根拠がない楽観的な意見。だが、なぜか俺もそんな気がする。
隊長は腕組みをして天井を見る。
「まあ、予断は禁物だ。迎撃の準備はしておくべきだろう」
隊長もトルティアと同じ見方なのかな。戦闘の申し子のような藤堂さん。なんとなく敵の思惑が分かるのかもしれない。
細かい指示が隊長から出された。俺は、やっぱりマガジンに弾を込める担当だ。
ガチャンという音がしたので振り向くと窓ガラスが割れていた。
他の窓も割れる。外から石が投げられていたのだ。
藤堂隊長が窓に近づく。俺も窓の隅から外をうかがう。
外には大勢の人間が立っていた。この建物を包囲しているよう。
「出てこい、日本人! お前達に制裁を加えてやる」
リーダーと思われる男が群衆の手前に進んでいて、俺達を恫喝している。手に持っているのはAK47。リザードマンと戦うための自動小銃だ。
「お前達のせいで同胞がたくさん死んだ。すべては日本人がこのシンヤードに来たせいなんだ。この戦いの元凶を始末してやる」
鋭い目でこちらを睨んでいる。気持ちは分かるんだが、ちょっと違うだろう。
「日本人は君たちの仲間だ! 俺達はシンヤードのために命がけで戦ったんだぞ」
藤堂さんが窓の前に立って主張する。
「うるさい! そもそもの原因を作ったのはお前達だろ。お前ら日本人が来なければ平和な町だったんだ」
その男は農夫だろうか。仕事着の上に革のベストを着ている。
「まだ戦争は終わっていないのだぞ。今は内輪もめしている場合じゃない!」
藤堂隊長の言葉は正論だが、感情的になっている相手には耳に入らないよう。
「うるさい! 議論する気はない。さっさと出てこい。さもないと、この銃で攻撃する」
男はマシンガンを構えた。本気のようだな、まったく。
隊長は舌打ちをして、ため息をつく。
「向こうが持っている弾丸はどれくらいだ」
藤堂隊長が健司さんに聞いた。
「そんなに多くないですよ。こちらには多くの弾薬が保管してあります。長期戦になれば有利なはず」
健司さんが冷静に答える。彼なら相手が人間でも躊躇なく戦えるだろう。
「ただ、手榴弾が残っているかもしれない。そうなるとやっかいです……」
「とにかく、テーブルやタンスなどの家具を窓際に並べるんだ。銃弾はレンガも貫通するかもしれん」
隊長の指示に従い、俺達は急いで家具を壁際に運んだ。




