第63話、生還
「先輩、大丈夫デスか!」
声がする方に振り向くと、そこに山口とカリーナがいた。
「どうして、お前が……」
そうか、あいつは犬になって魔女から異世界内の転送能力をもらったんだっけ。
「先輩がピンチになっているんで、助けに来たんデスよ」
そうなのか、俺を助けに来てくれたのか。上空を見るとドローンが飛んでいる。
「リザードマンが迫っています。さっさと逃げましょう、サトウさん」
カリーナの緊迫した声。
どうやって? と思ったが、カリーナがいるのだから、全員を浮かせればいいんだよな。
「よし、佐藤さんを中央にして、皆で手をつなぐんだ」
藤堂隊長の指示。
俺は大きな石を両足でしっかりと挟んで立ち、皆と手をつなぐ。
右手にはカリーナと健司さん、それに長沢。左手は山口と藤堂隊長がつながる。
「じゃあ、カリーナ、頼む」
俺が言うと彼女は目をつむって浮遊魔法の呪文を唱え始めた。
体が浮き始めたので、俺はしっかりと両足で石を挟み、地面にとどまる。他の皆はゆっくりと上昇し、俺を起点としてV字型になった。これで俺が全員を持ち上げているという定義に合致する。
日本を思い浮かべる。さあ帰るんだ。あの平和な日本に……。視界が徐々に薄れてくる。
蹄の音を立てて目の前にリザードマンの騎馬隊が現れた。
まるで大きな鳥が翼を広げているような状態の俺達を見て、敵は驚いているよう。口を開けて動きを止めている。
早く、早く、転送しなければ。
日本での楽しかった思い出を引き出す。
トルティアとのデート。伊勢佐木町で一緒に過ごした楽しいひとときが脳裏に浮かぶ。またトルティアと日本で一緒に歩きたい。
気を取り直したリザードマンが弓に矢をつがえた。標的はこちら。
視界が真っ白になり、直後に真っ黒になった。
*
気がつくと大通りの真ん中だった。夕方になって街灯が灯っている。
ドサリと音がして山口が尻もちをつく。健司さんや藤堂隊長は、かなり高いところから落下したが何事もなく着地している。
そこは伊勢佐木町の歩行者天国。無事に日本に帰還したんだ。
「先輩!」
山口が俺の手を握る。
「ありがとな、山口!」
彼のおかげで全員が命拾いしたのだ。
俺は山口を抱き上げてグルングルンと回す。
「山口、こいつー」
笑いながら命の恩人を振り回して感謝の意を示した。
「アハハハハハハ! やめてくださいよ、せんぱーい」
うれしそうな山口。健司さんや藤堂隊長も手を握って喜びを隠せない。
「あのう……」
しばらく生還の喜びを表現していた後にカリーナが声を掛けてきた。
「日本人が私たちを見ているんですが……」
山口を抱きしめたまま、あたりを見ると、たくさんの歩行者が俺達を冷たい目で見ている。
「よし、撤退だ。皆の目から隠れるぞ」
隊長の指示で、俺達は近くの公園に行った。山口がスマホを持っていたので、事務所の麻美さんに迎えに来てもらうように依頼する。
隊長達は自衛隊の迷彩服。腰には拳銃を下げているし、自動小銃も携帯している。コスプレと思ってくれれば良いが、警察に見つかったら職務質問は確実。
皆はオブジェクトの陰に隠れて人目を避ける。ベンチでは寿町の住民と思われるオッサン達が将棋を指していた。
しばらくして麻美さんが軽自動車で迎えに来た。
7人では定員オーバーなので長沢と健司さんは荷台に隠れる。
「向こうでは、どうでした?」
ハンドルを握っている麻美さんの問いかけに隊長は口をゆがめた。
「途中で帰ってきたから、結果は分からんな。しかし、思い切り敵陣をかき回してやったから敵の士気は低くなったはずだ」
「それに川も干上がっているし、補給物資も潰してやったから長くは戦えないはずだ」
と、荷台の健司さん。
俺はトルティアのことが心配だった。
あれからどうなったのだろう。もどかしくも、あと数時間は転送できない。
事務所に到着してから、夕食を食べる。今回はミリタリー飯ではなく、麻美さんの手料理だった。
泣いても笑っても、すぐには異世界に行くことができない。疲れたので、俺は自分の部屋に戻ってシャワーを浴びた。
今回は何とか生き延びたが、次はどうなるか分からない。戦争はいつまで続くのだろうか。早く平和な状態に戻って商売を再開したいものだ。
そこまで考えて、もう異世界では通商ができないことを思い出す。と言って俺では日本で商売ができないだろう。色々と制約が多いし、窮屈な日本の商業界。とても素人が太刀打ちできるものではない。
トルティア薬局を手伝うかな。
俺は異世界で商売ができないが、トルティアが日本で医療行為をすることは禁じられていない。しばらくトルティア薬局のアルバイトでもするか……。
急に眠くなったので、ベッドに横になる。あれこれ考え事をしているうちに眠ってしまった。
目が覚めると朝だった。
体が重い。寝ているうちにポーションの効き目が切れたよう。また小太りオヤジに戻っている。
顔を洗ってから2階に降りると、皆がそろって朝食を食べていた。
「お早うございます」
テーブルに着くと、麻美さんがトーストを持ってきてくれた。
「朝飯を食べたら、すぐにシンヤードに行くぞ」
藤堂隊長は迷彩服をきて準備万端。俺が目を覚ますのを待っていてくれたのか。
「まず、俺が佐藤さんとシンヤードに行く。その後に山口さんと一緒に全員が来てくれ」
カリーナは1日経たないと浮遊魔法が使えない。それを知っている藤堂さんの指示だった。
食後、武器や弾薬などが入ったバッグを両手にさげて転送の態勢。
「よし、行くか」
藤堂さんが俺にオンブする。武器などが入ったリュックも加算されているので、かなり重い。
「では、行きます」
重さで潰れないうちに転送しよう。
トルティアの笑顔を思いだす。早く無事だということを知りたい。
視界に白い霧が這い寄り、やがて暗闇が浸食。
異世界に転送した。




