第62話、戦闘
水が涸れている川。その橋を渡った先にはリザードマンの本営と思われる陣地があった。
シンヤードを完全包囲している軍勢の少し後ろに陣を構えている。
「攻撃開始!」
藤堂隊長の檄が飛ぶ。
突撃しながら荷台の車載機関銃がうなりを上げた。健司さんが引き金を引くマシンガンは、けたたましい音を立てて真っ赤に焼けた弾丸をリザードマンの群れに叩き込む。
薬莢がバラバラとトラックの荷台に散らばる。
本営に待機していた予備兵力は、たちまち血煙を上げてなぎ倒された。
さらに長沢がグレネードランチャーで散弾を次々と発射すると、敵の陣地で爆発が連続して起きた。
俺は藤堂隊長が使い切ったショットガンに急いで弾丸を詰めていた。
トルティアは無事だろうか。
こちらで攻撃すればシンヤードに攻め込んでいる兵の勢いが減少するはず。俺達が暴れまくれば、城塞都市の迎撃行動を楽にすることになるだろう。
トラックは、もうすぐ敵の中央に達しようとしていた。
しかし、リザードマンは司令官がいる本営を守るように前方に集結する。さらに勇敢にも騎馬隊がトラックに向かってきた。
こいつらは命が惜しくないのか……。
藤堂隊長がブレーキを踏む。
突進してくるリザードマンの騎馬隊に機関銃の弾を浴びせると血潮を吹いて次々と倒れ込む。さらに藤堂隊長と長沢が敵の先頭にショットガンを打ち込んだ。しかし、リザードマンの勢いは止まらない。
「佐藤さん! 次の銃だ」
藤堂隊長が怒鳴った。俺は弾丸を装填したショットガンを渡す。
弾を撃ち尽くした銃に必死にバレットを込める。
「佐藤ちゃん! ガンよ、ガンをちょうだい」
長沢に弾丸を入れたばかりの銃を渡した。
荷台の車載機関銃の音が止まった。
「佐藤さん! 次の弾丸だ。手伝え」
俺と健司さんは機関銃の弾が入っていた空の箱を外に捨て、新しい箱を開いて弾丸をズルズルと引き出しマシンガンに装填する。下に薬莢が散らばっているので、転びそうだった。でも、長沢と健司さんは普通に行動している。
また機関銃がうなりを上げ、空の薬莢を荷台にばらまいた。
敵は恐れというものを知らないよう。味方の死体を乗り越えて進撃してくる。さらにトラックを包囲しようと左右に展開していた。
「ちっ、ここまでか……」
隊長が顔をゆがめて攻撃を断念したよう。
「撤退だ! 後退する」
ギアをバックに入れ、凄い勢いで後ろ向きに疾走した。
隊長は前を向いたままバックミラーを見て運転している。俺は視界の邪魔にならないように、後部座席で体を低くして弾を込めていた。
ある程度、敵との距離を取ったら今度は前進して右に方向を変えた。
後ろから馬に乗ったリザードマンが追いかけてくる。
健司さんは機関銃の弾丸を撃ち尽くしたので、自動小銃で後方の敵を攻撃した。長沢はショットガンと手榴弾でリザードマンの追撃を阻む。
俺は機械になったように銃に弾を装填していた。
やがて敵の姿が見えなくなった。
「よし、振り切ったか」
藤堂隊長がバックミラーを見て、荒いため息をつく。
長沢と健司さんは荷台に座り込む。俺は何かに取り付かれたように弾丸の装填作業を続けた。
急に平衡感覚がおかしくなり、窓の風景がスクロールした。続いて激しい衝撃。
車が横転したようだ。草むらに隠された岩に乗り上げたのだろう。
「お前達、大丈夫か!」
藤堂隊長が運転席から振り返って俺達を見ている。
「なんともありません」
そう言って健司さん達が車から降りた。
俺は後部座席にいたから良かったものの、荷台にいたら外に放り出されていただろう。健司さん達は、よく投げ出されなかったなと感心する。
隊長は武器を持って外に出る。俺は弾薬をリュックに入れてトラックから這い出す。
「やつらは、まだ追いかけてくるだろう。なるべく遠くまで撤退する」
隊長の命令を受けて、俺達は荒野を走った。
重いリュックを背負ってのランニング。ポーションによって若い体になっていたから良かったが、中年の体力だったら息切れして倒れていたことは間違いない。
しばらくマラソンを続けた後、ずっと前を走っていた藤堂隊長が足を止めていた。
「どうしたんですか、隊長」
健司さんが声を掛ける。しかし、答えを待つ必要もなく状況が理解できた。
前方にクレパスが走っていて、行き止まりになっていたのだ。地面の裂け目は幅が10メートル以上もあって渡ることができない。俺達を取り囲むような半円のクレパスだった。そこから抜け出すには、かなり後戻りしなければならない。
藤堂隊長が崖から下をのぞいて、首を振った。
「ダメだ。深さが50メートルはある」
俺は地面に座り込む。
遠くからリザードマンの気配が迫ってきた。これが絶体絶命というやつか。
腕組みをして何かを考え込んでいた隊長が言った。
「なあ、佐藤さん。以前から思っていたんだが、転送の条件は、けっこう曖昧なんだよなあ」
はあ、と言ってうなずく。
「4人で手を組んで、ここから飛び降りたら皆が転送できないもんかなあ」
藤堂さんが何を言っているのか理解できない。
「つまり、空中でも佐藤さんが持ち上げていると認識してくれるんじゃないか」
「それはないでしょ。俺が地面に着いていないと、いくらなんでも持ち上げているという定義に当てはまらないと思います」
隊長の考えは根拠がなくて強引すぎる。
「だったら、ここから飛び降りて、佐藤さんが着地した寸前に転送することはできないか」
「それは無理ですよ! 転送するときは正確じゃないんです。きっちりタイミング良く転送するなんて不可能です」
そうか、と言って藤堂隊長は腕組みをして考え込む。隊長は全員が助かる方法を必死に見つけようとしている。
「仕方がないな……」
隊長は腰に手を当てて俺達の方を向く。
「佐藤さん。長沢を連れて日本に転送しろ」
「えっ、じゃあ、隊長達はどうするのお」
長沢が両手を胸の前で組んで詰め寄った。
「藤堂さん。転送したら、すぐに戻ってくることはできないんですよ。前に転送してきてから24時間経っていない……」
俺が言ったが、隊長は、「知っているよ」と笑ってうなずく。
「まあ、後は俺達に任せろよ」
健司さんはヘルメットを脱いで、不敵な笑いを浮かべた。
「今日は死ぬには良い日和だぜ。せいぜい隊長と一緒に暴れ回ってやるからよお」
金髪の健司さんは、みじんの恐怖も感じていない。
「嫌です、隊長。私もお供しますよお」
泣きそうな声で長沢。
「ダメだ。ムダに死ぬことはない。佐藤さんと一緒に日本に転送しろ。これは命令だ」
長沢は顔をゆがめて黙り込む。
ああ、隊長と健司さんは死んでしまうのか。見殺しにするより他に方法がないのだろうか。チクショウ。
「分かりました……」
やるしかない。このまま長沢と転送したら絶対に後悔するだろう。
「4人で飛びましょう。どうなるか自信がないけれど」
皆が助かる方法に掛けるしかない。
「そうか、やってくれるか……」
そう言って隊長は口を結ぶ。全員が死んでしまう可能性が高い方法。隊長にも迷いがあるのだ。
馬が走る音が近づいてきている。もうすぐリザードマンの騎馬隊がやってくるだろう。
俺は震える足で立ち上がった。




