第59話、戦闘車両
「リザードマンの到着は、いよいよ明日に迫った」
藤堂隊長の毅然とした声が売り場に響く。
シンヤードの町、佐藤商会の1階では朝礼が行われていた。俺達の規律を増すためとして一昨日から始められている。
「やるべき事は全てやった。後は冷静に作戦をこなすだけだ。戦争には勝つこともあるし負けることもある。しかし、今回の作戦は勝利する確率が高いものと自負する」
自衛隊の迷彩服を身に付けた隊長は、手を後ろに組んで厚い胸をグンと押し出している。ムキムキマッチョマンの藤堂さんだ。
俺達は、その前に整列して隊長の話を聞いていた。
ふと隣のトルティアに目を移す。
ジーンズにブラウス、胸を止めているボタンが過重労働に音を上げそう。
俺の視線を感じてトルティアは気まずそうに横を向いた。最近は準備が忙しくて、ろくに話してもいない。気のせいかもしれないが、二人の仲に一つの溝が入ったような……。
「よし、では最後まで気を抜かずに頑張っていこう」
隊長が軽く敬礼する。
「隊長に対して敬礼!」
長沢の号令にその場の全員が敬礼した。ああ、自衛隊だ。軍隊の中にいるよ、俺達。
トルティアに声を掛けようとしたが、忙しそうに外に出て行った。彼女は治療担当なので、ギルドで最終的な打ち合わせをしなればならない。
俺は部屋の隅で、また弾丸の装填を始めた。
朝日がムダに明るい部屋。紙の箱から弾丸を取り出してAK47のマガジンに押し入れる。カシャンカシャンと、まるで機械のように単調作業を続けていると、世の中に問題などは無く、平和なんじゃないかと錯覚する。
光りに満ちた部屋に影が差す。
異様な感じに視線を上げると、茶色のフードをかぶった男が立っていた。
「あー、あんただったな、スマホを売ったのは」
背の高い男は、暗そうな雰囲気で俺に尋ねた。
「ああ、あのときの旅商人の方ですか。あれ、もしかしたら、スマホが壊れてしまいましたか」
初めてこの異世界に来たとき、持っていた中古のスマホを売った相手だ。相変わらず雰囲気が暗い。
「いや、そうではない。あんた達はリザードマンとの戦争で先陣を切るそうじゃないか、大したものだ」
参加したくて参加するわけじゃないが。
「それほどでも」
「これをあんたにあげよう」
男はショルダーバッグから革の袋を取りだして、俺に差し出した。
「はあ、どうも」
反射的に受け取る。すると中の物がガシャンと音を立てた。中身はビンなのか。
「では、頑張ってくれたまえ」
「はあ、ありがとうございます。えーと、あの……」
「私の名はオズワルドだ」
「はあ、ありがとうございます。オズワルドさん」
この根暗にも名前があったのか。
オズワルドは暗い雰囲気をまとったまま店を出て行った。前も思ったのだが、あいつの周りだけ妙に暗くなるのはなぜだろう。
革袋を開いてみた。
中身は小瓶が8本でビンの中には赤い液体が入っていた。高級回復薬だ。あの根暗のケチオヤジはいったいどうしたんだろう。お金を払わない限り絶対にポーションをくれることなど無い人間だったのに。
戦争は人の価値観を、社会の価値観を変えてしまうのか。
外が騒がしいので、薬をキャビネットしまってから部屋を出た。
佐藤商会の前には迷彩柄のペイントを施されたトラックが置いてあった。
そのトラックの周りにはカリーナと山口、それに藤堂さん達が集まっている。
「おい、山口。これはどうしたんだ」
「あ、先輩」
振り向いた山口は迷彩柄のズボンに白いTシャツ。最近、迷彩柄が大流行だな。
「これは僕とカリーナがロシアから転送してきた物デスよ。向こうで組み立てて、やっと完成したのでシンヤードに持ってきたのデス」
ふーんと言って、俺はトラックの周りを歩く。藤堂隊長が恋人に接するように車体をなで回している。
大柄な車体でドアが四つ。窓には金網が取り付けられていた。荷台も弓矢から守るための防御板が取り付けられている。横に「TOYOTA」と「HILUX」のエンブレム。そして、荷台の中央には大きな機関銃が取り付けられていた。
「どんなもんだい、佐藤さん」
隊長が荷台から声を掛けてきた。
機関銃に手を置いて満面の笑顔を浮かべる隊長さん。最新型ゲーム機を手に入れた子供のよう。
「特別仕様の車に七四式車載機関銃を取り付けたのさ。明日、これで突撃する。リザードマンも尻尾を丸めて驚くことだろうぜ」
遠足に行くようにウキウキしている藤堂さんだ。健司さんも目を輝かせて機関銃を点検している。ホンダの軽自動車を使うんじゃなかったのか。
ああ、明日は俺もこのトラックに乗ってリザードマンと戦わなければならないのか。俺は商売人のつもりだが、いつも戦いに強制参加させされる。
騒いでいる連中を後にして、ため息をつきながら建物の中に入った。
夕食は豪華な物だった。明日はリザードマンが襲来してくる。慌ただしくなるので、まともな食事をするのは、これが最後だろう。
食卓を囲むのは藤堂隊長と長沢、健司さん、それに山口とカリーナ、あとは俺とトルティア、トルチェだ。一応、これで小隊を構成している。シンヤードの町には戦闘員が不足しているので、子供も手伝っていた。
「今夜は飲酒を許可する。ただし、ビール缶を2本だけだ」
食事の後に隊長が皆に命令する。戦争中は酒を飲むことにも許可が必要か。
食後、俺は自分の部屋に入り、ノートパソコンを開いてみた。
エクセルで作った売上表。異世界での商売が絶望的となった今では、無意味となってしまったデータ。
俺はこれからどうしたら良いのだろう。
異世界との通商ができなくなったら、日本で商売するしかない。しかし、転送能力しか取り柄のない俺にそんなことができるはずがない。群雄割拠、魑魅魍魎の日本社会。俺が入り込むのは無理だろうなあ。
また、引きこもりニートの生活に戻ってしまうのか。
その前に、この戦争を生き残らなければならない。それが最優先だ。
ノートパソコンを閉じ、イスの背もたれに体重を預ける。ため息をついて天井を見た。
見慣れた天井。俺はイスを左右に回して、目に入る天井を揺らす。
まだ俺は覚悟を決めることができない。日常に捕らわれて、戦争という非日常を受け入れることができずにいた。




