第57話、踊る作戦会議
「私が考えた作戦を説明しよう」
ベイカー将軍がテーブルの中央にシンヤード地方の地図を開いた。
「リザードマンの大軍が、険しい山道を通ってくることはないだろう」
将軍の説明に藤堂隊長がうなずく。
「進撃してくるとすれば、この隘路を通ってくるしかない」
細長い棒で、山に挟まれた細い道を指す。そこにはワルター道と書かれていた。
それは俺がリザードマンの領地に向かうときに通っている道だ。軽自動車がやっと通行できるような道路が三キロほど続く。昔、道路工事をしたワルターさんの名前が付けられたそうだ。
「この出口で敵を迎え撃つ」
道が開けている箇所をパシッと棒で打った。
「私が引き連れてきた千名の戦闘員を扇形に配置して、敵が出てきたところを集中攻撃するのだ」
自分の作戦に自分で納得するように「うむ」と力強く首肯する将軍。
「しかし……」
隊長が腕組みをして首をかしげる。
「しかし、それでは熟練兵で構成された主力が、町から離れた場所で釘付けになってしまう」
藤堂隊長はイスから立ち上がって地図に指を伸ばした。
「リザードマンとしては、こちらの千名に1万の兵をあてておき、時間はかかるが他の兵を小隊に分散させて山道を抜けてくるかもしれない。将軍が前方の敵と戦っているときに、背後から1万の兵で攻撃されたら簡単に撃破されてしまうでしょう」
隊長は指をシンヤードの町に移動させる。
「それとも将軍の軍を無視して、他の四万でシンヤードを攻めるかもしれない。戦争のプロを欠いた素人同然の住民だけではリザードマンに勝てないのは自明の理。主力軍を城塞都市から離すのは良くないと思います」
隊長の説明に目を閉じ、腕組みして黙り込むベイカー将軍。
白髪の支部長が杖で床を叩く。
「では藤堂隊長には良い作戦案がおありかな?」
老人の言葉にコクリとうなずく隊長。
「主力軍はシンヤードの町を守備してもらう。そして、少数精鋭の別働隊を構成し、敵が町を包囲したら別働隊で背後から攻撃して攪乱するのです」
会議は踊りをやめた。沈黙が場を支配する。
「その別働隊は我々が務めます」
隊長が胸を張る。危険とか死ぬかもしれないとか考えないんだな、このムキムキオヤジは。
「だが、君たち日本人は四人だけではないか。いくら強力な武器を持っているとしても、それだけの人数で大軍に立ち向かうことができるのか?」
支部長は杖に右手を乗せて、指を開いたり閉じたりしている。
確かにジイサンの言うとおり、もっともな疑問だ。というか四人というとやっぱり俺も別働隊に含まれているのか。
「大丈夫です。我々には機動車両がある。散々、リザードマンを混乱させてやりますよ。それにより我々の武力が強いと思い知ることでしょう」
ふてぶてしい笑顔は隊長の専売特許だ。
しかし、ホンダの軽自動車は大活躍だな。作った自動車メーカーは、まさかリザードマンを攻撃するとは思ってもみないだろう。
「でも、一時的に戦況が優位になったとしても、後はどうするのだ。包囲されたままでは持久戦になってしまうぞ」
ベイカー将軍がテーブルの上で両手を組む。
「補給線を攻撃するのは戦争の定石です。佐藤さんと山口さんをワルター道の山側に配置しておき、上から補給隊を狙撃してもらいます」
あれ、藤堂さん。もう俺達は作戦に組み込まれているのかよ。
「それ以外にも補給できないように工夫をします。敵は干上がってしまい、撤退を余儀なくされるでしょう」
支部長を始め、皆が深くうなずいた。
藤堂さんは口を結んで満足そうな笑顔。
「えーっと、それなら機動車両で攻撃しなくても、補給線の攻略だけで良いのでは……」
藤堂さんが振り返って俺を睨んでいる。ちょっと意見を言っただけじゃないかよ。怖いぜ、オッサンの顔は。
「佐藤さんよお……。戦争というものはなあ、子供のケンカと同じようなものなんだよ。相手が弱ければ叩くし、強ければ手を控える。だから、こちらの腕力や決意を示してやれば敵は攻撃をためらうものなのさ」
「はあ、そんなもんなんですか……」
ふーん、と言ってうなずく。
「佐藤さんには良い作戦案があるのかい?」
あ、急に隊長に議案を振られちゃったよ。そうだなあ……。
「いっそのこと逃げちゃったらどうですか」
また会議は踊りをやめ、今度はヨガを始めたようだ。皆の顔が変な形で固まっている。
「町の全員が貴重品とか家財道具を持って後方の町に移動するんですよ。シンヤードはリザードマンに占拠されるかもしれないけど、それは一時的でしょう。近くに川はあるけれど土地は乾いているからリザードマンが住むには無理です。彼らは元の住みかに帰って行きますよ……」
話の最後は声のトーンが低くなってしまった。俺を見る皆の目が冷たい。
「バカか! この小僧が」
支部長がドーンと勢いよく杖で床を叩いた。俺は34歳だが。
「栄えあるシンヤードの町を一戦もせずにリザードマンごときに渡したと知られたら、支部長である私の面目が丸つぶれではないか」
そんなに鼻息を荒くして反対しなくても。
「焦土作戦ということか……」
隊長がつぶやくように言う。
「それも悪くはないが、一度も戦わずに逃げるというのも……どうかなあ。リザードマンになめられてしまうだろう」
小さく首を振る隊長さん。
「でも、人は死にませんよ」
おずおずと言ってみる。
「戦いには犠牲が付きものだ。抜いた剣は血にまみれないと収まらないものだよ。今回は何とかなったとしても、また襲来してくるのは目に見えている」
ベイカー将軍が目を細めて言った。
リザードマンの目的は、人間という種族を根絶やしにすることではない。彼らのプライドさえ満たされれば満足するだろう。シンヤードの町を一時的にでも占領すれば人間に勝ったものとして、もう進撃してこないのではないか。それを言いたかったが、支部長の目が怖くて言い出せない。
「とにかく、その作戦案は却下だ」
決めつけてドンと床を突く。
支部長は政治家として、藤堂隊長やベイカー将軍は軍人としてのスタンスで考えている。俺のような商売人としての考えは認めてくれないようだ。
「他に案はあるかい」
隊長が仕方なさそうに聞く。
「そうですねえ……。リザードマンは全ての戦力でもって進撃している。だったら、こちらも戦闘可能な全戦力でリザードマンの本拠地を攻撃したらどうでしょう」
支部長は口を半開き。
「それで小僧。やはりシンヤードの町は空にするということか」
「はい、敵がシンヤードを攻撃する前に、彼らの住みかを攻撃するんですよ。そうすれば敵軍は慌てて引き返してくるはず。そこを待ち伏せして叩くというのは……」
「却下だ! 却下、却下、却下あ!」
ドンドンと床を突いている。床が可哀想。
「とにかく、シンヤードの町は死守する。私としては藤堂隊長の作戦案を支持したい。皆の意見はどうか」
老人が参加を見回す。全員が賛成の意を示していた。
「では、藤堂隊長。よろしく頼む」
隊長は起立して、「私の全力をもって任務を成功させて見せます」と宣言した。




