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異世界転生、おっさんニートの成功物語  作者: 佐藤コウキ
第4章、争い
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第55話、和平交渉


 藤堂さんが運転する軽自動車はリザードマンの領地に向かっている。

 空は灰色で、今にも雨が降りそう。助手席に座っている俺の心を表しているのか。

 夏の真っ盛り。日が差さなくても蒸し暑いのでエアコンは除湿モードだ。


 戦争を回避するための交渉に出発する直前。トルティアが俺の手を握って「無事に帰ってきてね」と一言だけ。泣きそうだった彼女のためにも、絶対に帰還しなければ……。


 車は山道に入る。

「そろそろ定時連絡の時間だ」

 藤堂さんが言うので、俺は車内に据え付けられている無線機のマイクを持った。

「こちらは交渉班。本部、応答してください。送れ」

 いつの間にか無線機が取り付けられいる。俺が買ったN-BOXなのに。

「はーい、こちら本部よー。送って」

 ホモデブかよ。トルティアはどうしたんだ。

 本部とはシンヤード事務所のこと。異世界には電波法が無いので、強力な無線機を使うことが出来る。

「これからリザードマンの領地に入ります。よろしくどうぞ。送れ」

「本部、了解。頑張ってねー。送ってー」

「交渉班、了解。通信を終了します」

 ため息をついて、マイクをホルダーに置いた。

 山道を登っていく車は揺れが激しくなる。


 俺達がリザードマンとの交渉に行くと言ったら、ギルドの支部長は驚いていた。

 しかし、反対はされずに、全権委任状を渡してくれた。

 ギルドとしては、人間側の領地を割譲するという。それは沼や池が多い湿地で、リザートマンにとっては尻尾をブンブン振り回すくらいに欲しがる土地。それで解決すれば良いが……。


 リザードマンの領地を少し過ぎたあたりで大勢の兵士に停車させられた。

 彼らは槍や剣を持ち、革の鎧を着た臨戦態勢。

 藤堂さんがドアを開けて外に出る。

「俺達は和平交渉に来た。戦う意思はないし、武器も持っていない」

 両手を上げて戦意がないことを示す。

 しかし、武器を持っていないというのは嘘だ。藤堂隊長は拳銃を腰のホルスターに収めているし、俺もポケットに手榴弾を持っている。リザードマンにとっては槍や剣が武器という認識であり、それ以外は武装と認めていない。

 続いて俺も車を降りて両手を上げた。リザードマンは俺達を取り囲み、槍で威嚇している。

「俺も武器は持っていません! 通商許可証を持っていますよ」

 木で作られた許可証をリザードマンに渡す。

 相手は許可証を手に取って、しばらく見つめた後に地面に捨てた。そして、足で踏み砕く。ああ、苦労して手に入れた物なのに……。

「俺達は戦争を回避するために話し合いに来たんだ。首領と会わせてくれないか」

 藤堂さんが言うと、リザードマン達は集まって相談し始めた。

「よし、いいだろう。付いてこい」

 リーダーと思われるトカゲ人間が言ったので、囲まれたまま後に付いていく。

 水辺を歩いて行くと、例の小屋が見えてきた。入り口が壊されていて中が見える。そこにはバラバラにされたウポンケ様の像が置いてあった。

 それから、しばらく歩いて首領の小屋に着く。周りは戦争の準備をしているリザードマンの群れであふれかえり、俺達を冷たい目で睨んでいる。ああ、氷柱が立ち並ぶ、むしろの上を歩いているよう。

「けっこう戦争の準備は進んでいるようだな。進軍開始まで、あと3日というところか」

 こんな場面でも藤堂隊長は冷静に観察しているんだ。


 首領の小屋に案内される。

 部屋の奥ではリザードマンの首領、ウンパパがドッカリと座り、俺達を見据えていた。

「ギルドの代表として参りました藤堂です」

 きちんと正座して頭を下げる隊長。俺も得意の土下座で誠意を示す。

「お前達は何をしに来たのだ」

 無愛想なウンパパ。後ろには武装したリザードマンの兵士がズラッと立っている。

「和平交渉に来ました」

 頭を上げて藤堂さんが、しっかりとした声で話す。

「交渉だと……」

「はい。戦争はいつでも始められます。しかし、それを終わらせるのは容易ではない。殺し合いをする前に、まず平和的な解決がないか探るべきでしょう」

 首領は「ふむ」と言って腕組みをした。

「このような状況を招いたのには、こちらに非があります。それで人間側として謝意を表したい」

 隊長はポケットから折りたたんだ紙の地図を取り出して床に広げた。

 首領が身を乗り出す。

 地図にはギルドの領地が載ってあり、その一部が線で囲っていた。

「この地区をリザードマンに割譲いたします」

 隊長が指し示した場所を見て、首領は尻尾をフラフラと揺らした。

「いかがですか……」

 首領は腕組みをしたまま目を閉じて何も言わない。

 リザードマンは池や沼の近くに生息する。彼らは湿った場所が好きな種族なのだ。譲ろうとしている土地は、格好の生活の場となるはず。

 しばらくの沈黙の後に一言。

「ダメだ」

 隊長と俺はため息をつく。

「どうしても戦うというのですか。戦争になればお互いに犠牲が出る。何の得にもならない愚かな行為だとは思いませんか」

 隊長が力説する。

 しかし、首領は首を横に振った。

「利益、不利益という問題ではない。聖なるウポンケ様の像が壊されたのだ。我々の誇りが踏みにじられたのと同じことだ。命よりも大事な我々のプライドが破壊されたのだ」

 首領の声が荒い。

 そうか、大切にしていることは知っていたが、そんなに大事な物だったのか。

「ウポンケ様の像はこちらで修復いたします。前よりも立派に直しますので、ご勘弁願いませんか」

 俺がへりくだって願う。

「ダメだと言っておろうが! お前ら計算高い人間共と違ってリザードマンは誇り高き種族なのだ」

 言葉に詰まる俺……。

 何かが俺の胸ではじけた。このトカゲ野郎は、どこかが間違っている。

「そんなにウポンケが大切なのか……」

「何!」

 俺の挑戦的な言葉に口をゆがめるトカゲ人間。

「そんなに偶像が大事なのかよ! 仲間の命よりも価値が高い物なのかあ。戦争になったら大勢の兵士が死ぬだろうが。そして、兵士には家庭があるだろう。その妻や子が嘆き悲しんでもいいというのかよ」

 場が沈黙する。隊長が俺の腕を強く握っていた。

「死んだら、それっきりだろうが! それなのに、この分からず屋があ……」

 立ち上がって首領に詰め寄ると、後ろの護衛が剣を抜いた。

「やめるんだ! 佐藤さん」

 隊長は俺を引き戻し、拳銃に手をやっている。

 俺はポケットの手榴弾の感触を確かめる。それは拷問されて転送できなくなったとき、苦痛から逃れるためにと渡された物。

「首領! この人間共を血祭りに上げてやりましょう」

 剣を持った護衛の兵がいきり立つ。

「こいつらの首をギルドに送って、リザードマンの覚悟を見せつけてやるんだ!」

 怖い剣幕で俺の前に進み出た。

 うあわー、このトカゲ野郎があ、物騒なことを言いやがって。

 他のリザードマンも同調の声を上げている。

「やめんか!」

 首領が一喝する。護衛は動きを止めた。

「こいつらを殺してはならぬ」

「しかし、首領……」

 ウンパパが首を横に振る。

「どんな場合でも使者を殺してはならない。戦況が悪化しても対話の手段は残すべきなのだ」

 隣の藤堂さんがうなずく。

「我々はギルド側の使者だ。コミュニケーションの手段を確保しておかないと降伏勧告や停戦の要請ができず、戦争が不必要に泥沼化するぞ」

 隊長が冷静に説明。

 それでも場の空気がピリピリと緊迫する。

「話は済んだ。もう帰れ」

 緊張した場をまとめるように首領が言う。

「分かりました。では」

 そう言って隊長は俺を引きずるようにして外に出た。


 くもり空、リザードマンの群れの中を歩いて車に向かう。首領に厳命されているのか、襲ってくる気配はない。

「まったく、佐藤さんは……」

 藤堂隊長は苦笑いをしている。

「すいません……」

 どうして俺は、あんなにブチ切れたのだろう。

「いや、言いたいことを言ってくれて、せいせいしたぜ」

 ポンと俺の肩を叩いた。

「やはり、戦争になるんですかね……」

「ああ、仕方がないな。専守防衛でも、かかる火の粉は払わねばならん」

 そう言って口を結ぶ。

 やはり、戦闘は避けられなかったか。


 和平交渉は決裂した。

 俺はどうなるのだろう。この異世界はどうなってしまうのか……。


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