第54話、山口
しばらく支部長は無言になり、小さく杖で床を突いた。
「戦うといっても、君たちは数人しかいないではないか。それで戦力になるというのか」
「我らは四人だが、日本から持ってきた強力な武器がある。必ずギルドの役に立つはずだ」
腰に両手を当てて、不動明王のような藤堂隊長。
あれ、俺も数の中に入っている。戦闘は苦手なんだけど。
老人は後ろの係員と何やら小声で相談している。日本人をあまり信用していないよう。
「証拠を見せましょう。おい、健司。AKを持ってこい」
隊長に命じられて金髪の健司さんが奥から自動小銃を持ってきた。
AK47を渡された隊長は、皆を引き連れて外に出る。
林の前に立ち、射程圏内に誰もいないことを確認した後に、銃の安全装置を外した。
「では、見ていてください」
そう言った後、林に向けて弾丸を連射。
鼓膜を揺さぶるような断続音が起こると小枝が吹き飛び、幹に穴が開く。薬莢がパラパラと地面に散らばった。
「これでどうですか」
得意そうに不敵な笑いを向ける藤堂さん。支部長達は唖然として声も出ない。
しばらくして気を取り直した支部長が藤堂さんに尋ねる。
「君たちは、そういった武器をたくさん持っているのか」
「そうですよ。さらに、もっと強力な武器も用意している最中です」
それを聞いて支部長は、杖で地面をトントンと突きはじめた。
「分かった、強制退去は撤回する。そして、君たちの参戦を許可しよう」
ありがとうございます、と言って力強い敬礼をする隊長。つられて支部長も敬礼したが、すぐに恥ずかしそうに右手を下ろした。
「あのう……」
俺は小さく手を上げて話に割り込む。
「なんだね」
そういった支部長はジロリと俺を見た。やはりギルドをまとめているだけのことはあって、プレッシャーを感じる。
「あのう……、山口はどうなるんでしょう」
「ああ、リザードマンに攻め込んだ男か。そいつは日本に退去だな」
「でも、罪の刻印が為されているんですよね。それだと一生、激痛に苦しむことになるんじゃないですか」
カリーナによって頭に刻み込まれた魔法。転げ回って痛がる山口の姿が思い出される。
「……そうなるかな」
「それは、あまりに可哀想ですよ。何とかしてください」
あれ、どうして俺は山口の心配をしているんだろう。
「あいつのせいでリザードマンと戦争になるんだぞ! そんなやつは死んでも構わん!」
ダーンと杖で地面を突いた。その剣幕に皆が黙り込む。
「そいつのせいで多くの犠牲が出るだろう! ……それに、やつは日本に逃走して、ここにいないではないか。それで、どうしようというのだ」
老人は深呼吸して荒くなった息を整えようとしている。
そうだよな、やつを異世界に連れてこなければ話にならない。でも、山口は転送してくることはないだろう。
「僕はここにいるデスよ」
振り返ると山口が立っていた。皆が注目する中、やつは平然とした顔をしている。
「山口……なんで……」
まさか自分でやってくるとは……。
「お前か……お前が山口なんだな!」
老人が山口を睨みながら進み寄る。
「お前のせいで……」
支部長は杖を上げ、頭めがけて振り下ろした。
バシッという音が響く。
杖は頭に当たる少し手前で止められている。隊長が右手で杖をつかんでいたのだ。
山口は身じろぎもせずに支部長を見ていた。
なんか、以前と様子が違う。まるで別人のよう。
「僕は責任を取りますデスよ」
淡々と表明する。
「責任を取るだと……?」
支部長は隊長の手から杖を振りほどき、トンと地面を突いた。
「ええ、僕も一緒に戦いますデスよ」
意外な言葉だった。全員が黙り込んで、場が静けさに包まれる。
「よし! 良く言った。それでこそ日本男児だ」
この場を取りまとめるように隊長がガッシリと山口の肩をつかむ。
「この男には転送能力がある。戦術的に利用価値が高い。いいですよね支部長」
そう言って藤堂隊長は、にこやかに老人を見る。
支部長は目をウロウロさせた後、勝手にしろと言って去って行った。
「お前、本気なのかよ」
そう言うと山口は俺に視線を移動した。
「ええ、私がそんなに悪いことをしたとは思っていませんが、結果的に悲惨な状況になったのなら責任を取りますデスよ」
やっぱり、ひねくれている。しかし、男らしいかな。
「とにかく、戦闘準備だ。山口君も武器の転送を手伝ってくれるよな」
金髪の健司さんがスマイルで山口の肩をバンバンと叩く。彼は生き生きとしている、戦闘が好きで好きでしようがないのか。
「その前に……」
隊長が釘を刺すように言う。
「交渉をするべきだ」
「リザードマンと交渉ですか……」
健司さんが首をかしげる。
「ああ、戦争の前には平和的な交渉が必要だ。話し合いによって問題が解決するかもしれない」
さすがは藤堂隊長。戦闘凶の健司さんのように戦争しか考えない人間ではない。
「しかし隊長、それで戦いが回避できますかねえ」
健司さんは交渉に否定的だ。戦争をしたくてウズウズしているんだな。
「自衛隊は専守防衛を旨とする。だから積極的な戦争介入は避けるべきだ。まずは平和的な解決を模索する」
藤堂さんは軍人であると同時に文民としての考え方も出来るらしい。セルフ・シビリアンコントロールとでもいうものか。
「でも、それじゃあ、なんのために苦労して装備を整えたのか分からないですよ」
不満顔の健司さん。異世界で大暴れしたいのか。
「健司! 百年も兵を養うのは、ただただ平和を維持するためだ。国民の生命と財産を命がけで守ることが自衛隊の使命であり、外交によって争いが回避できるのなら俺は喜んで危険な任務に就く」
健司さんを始め、皆が沈黙。その言葉は戦争映画で聞いたような気がする。さすがは藤堂隊長。精神的な下地はしっかりとしているんだ。
「そういうことで、佐藤さん、一緒に行こう」
「はあ?」
えっ、なんで俺なの? かなり危険じゃないの、それって。
「さっそくで悪いが準備してくれ」
「あ、あのう……」
「なんだ?」
「俺も行かなきゃダメなんですか」
藤堂さんは仕方なさそうにため息をつく。
「いざとなったら逃げられるように転送能力を持った人間を随伴しなければならない。それは佐藤さんしかいないだろう」
それは……そうかな……。
「いざとなったら、佐藤さんが一人で逃げても構わない。だから一緒に行ってくれ」
そう言われても……転送できるのは俺だけじゃない。つい、山口に目が行く。
「僕が行ってもいいデスよ」
冷静な口調だった。あれ? あんなに怖がりだった山口が。
「あんたはダメだ」
藤堂隊長が首を横に振る。
「どうしてデスか」
「あんたは覚悟を決めた目をしている。覚悟を決めすぎているんだよ。あまりに命を軽んじている人間は早死にするぜ。それは古い兵法書にも載っている。要は心のバランスが重要なんだ」
口をとがらせて山口がそっぽを向く。そうか、こいつは死にたがっていたのか。
「じゃあ、佐藤さん。頼むぜ」
藤堂さんが軽く言う。もう、断ることが出来るような空気ではない。
俺は深くため息をついて建物の中に入っていった。




