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異世界転生、おっさんニートの成功物語  作者: 佐藤コウキ
第4章、争い
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第52話、事の顛末


 ホンダフィットを飛ばして神奈川から東京に入る。

 山口のアパートは閑散としたローカルな場所にあった。

 アパートの前に車を停め、音を立てて外階段を登る。前に俺が住んでいたアパートと似ている、軽量鉄骨モルタルの古い二階建てだ。

 通路に面している部屋の窓は暗い。あいつは不在なのか。


 山口と書かれた表札を確認してから、俺はドアを激しく叩いた。

「おいこら! 出てこい、山口!」

 しかし、何も応答がない。

 何度もドアを叩き、呼び鈴をガンガン押したが、やはり出てこなかった。なんか借金取りみたいだな。

 試しにドアノブを回すと、ガチャリと手前に開いた。あいつは鍵を掛けていないのか。

 ためらいがあるけど、中に首を入れて部屋の様子をうかがう。

 照明は消えているが、ぼうっと奥の部屋が光っていた。

「山口……いるのか?」

 靴を脱いで中に入り、ゆっくりと明りの方に歩いて行く。

 そこには暗闇の中、テレビの画面に照らされた山口の顔があった。


 目はうつろで口は半開き。テレビの前にあぐらをかいてボンヤリとテレビを見ている。やつが思考停止しているのは明らかだ。

 テレビの画面には、魔法少女が変身しているシーンが映し出されている。

 鈴が鳴るような可愛いかけ声と共に女子高生の衣服が破け、魔法少女のコスチュームへと替わっていく。作画崩壊しても変身シーンだけは他に負けないぜという気合いのこもった映像。

 こいつも俺と同じアニメを見ていたのか……。


「こら山口! お前……」

 次の言葉が出てこない。言いたいことや聞きたいことが山ほどあるのだが。

「ああ……佐藤さん」

 こちらに首を回し、薄っぺらい笑いを浮かべて小さく返事をした。

「佐藤さん、じゃねえよ! お前が何をしたか分かってんのか」

「はあ……」

 まるでアルツハイマーのジイサンだ。状態が普通ではない。

「はあ、じゃねだろ。お前のせいで何人が死んだと思っているんだ。リザードマンもたくさん殺しただろう!」

 肩を強く握り、前後に揺すると人形のように首がガクガクと振れた。

「やめてくださいよう……」

 山口は体をよじって俺の手を払う。

「こうなることが分かっていて、やったわけじゃないんデスよう……」

 やつの顔には薄ら笑いがへばりついている。

 ボソリボソリと山口は事の顛末を語り出した。


  *


 山口は集めた荒くれ共と一緒に、リザードマンの領地に砂金を求めて忍び入ったそうだ。


 夜中、数人を見張りに立てて川で砂金をすくう。電池式のランタンで川底を照らしながら砂金を取っていると、1時間も経たずに多くの砂金が取れたので山口は有頂天になっていた。

 ふと気がつくと、雇った冒険者は三人しか残っていない。

 やがて遠くから叫び声が聞こえてきて、その喧噪がこちらに近づいてくる。

 それは血まみれの冒険者達で、手には黄金の腕や足を持っていた。

「お前らは何をしたんだ!」

 山口が問い詰める。

「うるせえな。1キロの砂金と10枚の銀貨を交換してくれるんだろ。小屋に置いてあった変な黄金像をばらして持ってきただけさ」

 顔中が髭のゴツい男が答えた。

 山口は突然のことに何も言えない。

「とにかく、逃げるぜ」

 そう言って髭の男は下流に走ろうとした。しかし、すぐに足が止まる。

 周りをリザードマンの兵隊が囲んでいたのだ。

 それからは凄惨な戦いになった。荒くれ共は必死の抵抗をしたが、リザードマンの方が圧倒的に数が多い。たちまち斬り殺されてしまった。

 血まみれで横たわる死体を見て、山口は冷静さを失う。仲間を見捨てて一人で日本に転送してしまったのだ。


  *


 俺は大きなため息をつく。

 そうか、最初から黄金像を盗みに行ったわけじゃなかったのか。


 テレビでは魔法少女が敵のモンスターを必殺技で倒していた。

「それで……お前はどうやって責任を取るつもりだ」

 山口に問いかける。

「責任……」

「そうだよ。リザードマンを殺して、雇った冒険者も死んでしまっただろうが。その責任はどうするんだよ」

 やつは、かすれた声で笑った。

「トカゲが死んだからどうしたと言うんデスか。……雇った人間も、お金で命を売るのが商売の冒険者でしょ。料金は前払いしていたんだから構わないデスよ……」

 俺の体の血が逆流する。

「やまぐちぃー! てめえー!」

 やつの胸ぐらをつかんで右手を上げる。怒りで俺の拳が震えていた。

 激昂したせいで視界が狭くなり、山口の顔しか見えなくなる。

 俺より少し年下のオヤジ。その目が潤んで今にも泣きそう。さらに唇がゆがんで鼻水が出ていた。

 胸に変な雲がこみ上げてくる。こいつを殴る資格があるのか、俺に……。

 両手をだらんと下げ、俺は背を向けた。

「殴らないんデスか……」

「……俺はそんなに優しくない」

 玄関に向かい、靴を履く。

 外に出ようとすると、後ろから山口のすすり泣きが聞こえてきた。


 空いている高速道路。

 ハンドルを握りしめ、夜のハイウェイを自宅に向けて疾走していた。

「チクショウ、チクショウ、チクショウ……」

 訳の分からない憤りでアクセルを踏み込んでしまう心。それを必死に押さえつける。

「俺が悪かったのかなあ……」

 リザードマンの通商許可証を貸してやれば良かった。そうすれば山口も砂金を盗もうとは考えなかっただろう。許可証を貸してやって、その儲けの半分をレンタル料として払ってもらえば良かったのだ。

 独り占めは良くない……。健司さんの忠告がトゲのように心に刺さる。


 俺は何に怒っていたのだろうか。

 リザードマンの犠牲や、山口が雇ったゴロツキ共の死を悲しんでいたのではない。せっかく見つけた砂金の入手方法が無効になったことに怒っていたのだ。

 お金儲けが出来なくなったことに憤っていた。俺ってダメなやつなのかな……。


 事務所に着き、麻美さんに声も掛けずに3階の自宅に上る。

 町の明りが窓から入ってくる薄暗い部屋。

「疲れた……」

 照明を点けず、倒れるようにソファに横たわった。

 これからどうなるのだろうか。

 戦争になるのだろうか……。そうなると俺も参加させられるんだろうな。藤堂さんは俺の転送能力を戦術的に評価している。ああ、怖いことは嫌だなあ。

 テレビを点けて、録画してあったアニメを再生する。

 その映像は頭をすり抜けて何も感じない。俺はボンヤリと口を半開きにして、暗い部屋に光る画面を見ていた。


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