第5話、がいだんす
新居で目を覚ます。カーテンの隙間から朝日がこぼれていた。
若返ったせいか目覚めが爽やか。
ワンルーム、7畳くらいの部屋には家具や家電品がそろっている。中古家具店やビックカメラでパソコンおよび生活に必要なものは一通り購入したのだ。かなり使ったが、まだ200万円くらいは残っている。
ベッドから抜け出してユニットバスで顔を洗う。
パンとコーヒーの適当な朝食を食べながら、先のことを考えた。
まずは生活費を稼がないと……。お金はあるけれど、ダラダラと過ごしていれば、すぐに無くなってしまうだろう。まずは継続的な収入を得る方法が必要だ。
俺が考えているのは、異世界と日本との価値観の違いを利用して荒稼ぎすること。向こうでは砂金がタダで手に入る。それを日本に持ち帰れば、いくらでもお金が手に入るということだ。
「これが本当の錬金術ということかな」
一人しかいない部屋で俺はニヤニヤ笑う。大金持ちになってフェラーリを乗り回している姿を妄想していた。
「いかん、いかん」
妄想にのめり込んでいる場合じゃない。これをやると何時間もトリップしてしまう。
まずは情報だ。異世界に行って、そこから帰ってくる方法を知らなければ。
最初は魔女っ娘に異世界に飛ばされて、帰ってきたのは、どうしてなのか分からない。自分の意思で行き来することはできないのかな。
ゲームにはチュートリアルやガイダンスが必要だ。
それは、あのロリータ悪魔に聞くしかない。
「コパルさん、コパルさん、出てきてください」
コックリさんを呼ぶように空中に呼びかけたが何も変化はない。
「我は求め訴えたり、悪魔の道化師コパルよ、我の魂と引き換えに願いを叶えたまえ」
両手を挙げて大げさな身振りとともに彼女を呼んだ。だが、やはり返事はない。
「ちぇっ、あの生意気な小娘が。アフターサービスは無いのかよ……」
失望して仰向けに倒れる。すると視界に異質な物が写った。
「あたしのことを呼んだ?」
俺の頭の上に浮かんでいたのは、ピンクのエプロンドレス風ファッションの悪魔っ娘、コパルだった。角度的にスカートの中が見える。悪魔でもパンツは穿くらしい。
「コパルさん。お久しぶりです」
俺は跳ね起きて正座した。
「何か用かだわよ。あたしもそれなりに忙しいのよね」
細い首を振って、黒髪のツインテールを邪魔くさそうに跳ね上げる。
悪魔にも仕事があるのだろうか。悪魔会社でコピー取りやお茶くみでもやるのかな。
「ははーっ、コパル様。お伺いたいことがあってお呼びした次第でございますデス」
俺が土下座する。
「普通のしゃべり方でいいだわよ。うっとうしいわね」
ああ、そうですか、と言って上体を立てる。
「異世界に行く方法を教えて欲しいんですが」
はあーっ、とため息をついてコパルは腰に両手を当てる。
「方法も何も、あんたが行きたいと願えば行けるだわよ」
「それだけ?」
拍子抜けする。
「それだけ。帰ってくるときも日本に帰りたいと心底願えば戻ることができるだわよ。そうやって前は帰ってきたんでしょ」
そういえば異世界で砂金を手に入れたとき、日本に帰ればウハウハだなと思ったら移動したよなあ……。
「聞きたいのはそれだけなの?」
「あ、あと一つ。異世界から持ち帰った物は、ずっとそのままなんですか。それに、どれだけの量を持ち帰ることができるんですか」
「異世界と日本を行き来した物体は、ずっとそのままよ。あんたが異世界に行っても消えたり一緒に異世界に戻ったりしないわ、逆も同じだわよ」
そうか、それならオーケーだ。
「荷物の量としては、あんたが持って行けるだけよ。つまり、あんたが持ち上げて立っていられるくらいの荷物ならば一緒に移動できるだわよ」
あらら……じゃあ、車とかバイクとかはダメなのか……。大量輸送は不可能だな。
「質問がそれだけなら、もう帰るだわよ」
「ありがとうございます」
土下座して礼をする。
「まあ、また暇になったら遊んであげるだわよ」
含み笑いの声、幼女は俺の後頭部をパンプスでグリグリと踏みつけている。
お金のためだ。おもちゃ扱いされても我慢ガマン。でも、ちょっと新鮮な喜びがある。俺ってちょっとヤバいかな……。
後頭部の圧迫が無くなったので頭を上げると、コパルは消えていた。
そして、いつの間にか体形が元の小太りに戻っている。あのポーションには有効時間があるのか。
とにかく、ガイダンスは了解した。あとは異世界と日本を往復して稼ぎまくるだけ。
「これで俺は大金持ちだっちゃー!」
両腕を天に突き上げて感激のポーズ。さらに浮かれた俺は、即席で思いついた勝利の踊りを舞った。
「うひょひょひょひょ、大金持ち。うひょひょひょひょ、ロリータコパルさまぁバンザイ。うひょひょひょひょ、ざまあ見ろ兄貴。うひょひょひょひょ、俺はロリコンだぜー」
阿波踊りのように両手をヒラヒラさせて、一人しかいない部屋で踊り狂う。
「浩一、何やってんの……」
ギョッとして振り向くと、玄関に母親が立っていた。俺は凍りつき、玄関の方に視線が固定された。
しまった、ドアに鍵をかけるのを忘れていた。ずっと部屋に閉じこもっていたので、施錠するという概念が無くなっていたのだ。
「大丈夫なの……浩一」
そうか、連帯保証人を頼んでいたんだった。母は大きなバッグを持っている。たぶん生活用品や食料などの差し入れだろうなあ。
「何でもないよ母さん。ちょっとふざけただけさ……」
冷や汗をかきながらの言い訳。
ゲームばかりやって頭がおかしくなったのではないかという疑念を持った目で俺を見ている母さん。
どうにか説得して、保証人の判が押してある用紙を受け取ってから帰ってもらった。
まあ、いいさ。俺の冒険はこれからだー。