第49話、新しい商売
俺はギルドに直行。
1階のカウンターには雑用係のカリーナがいた。
「あ、サトウさん」
いつもの黒っぽい服装。笑顔で迎えてくれたが、すぐに顔は曇ってしまう。俺が険悪な表情をしていたからだろう。
「山口の件を聞きたいんだけど」
はあ、と言ってうなずくカリーナ。
「あいつは前科者じゃないですか。それなのに商売をすることが出来るんですか」
俺の語気が強かったのだろう。彼女は長い黒髪をいじりながら困った顔。しまった、ちょっとマズいか。
「あ、別に文句を言っているわけじゃないんですよ。山口は犯罪を犯しているのに、ギルドで冒険者を集めているので、変だなあって……」
無理に笑顔を作って取り繕う俺。
「山口さんは裁判を受けて執行猶予の付いた有罪になりました。でも、被害者とは示談が成立しているし、罪の刻印を施しているので逃げる心配も再犯の可能性もありません。そういった人間は、普通の人と同じように扱うことになっているんですよ」
そうなのか……日本とは犯罪者に対する考え方が違うようだ。
「それに山口さんは腕の立つ人を雇ってモンスター退治の商売をするそうです。市民の役に立つことなので反対する理由がありません」
人の役に立つ? あいつは自分のことしか考えないと思うんだが。いや、それは俺も含めて誰もが同じか。
「まあ、山口さんも反省しているんです。信じてあげましょうよ」
俺の険しい顔を見て、諭すようにカリーナが言う。
やつの性根は直角に、ひん曲がっている。あいつの本性を知っている俺は釈然と出来なかった。
人間は、誠実で親切なだけでは生きてゆけない。
『巨人の星』の星飛雄馬が実在していたら借金の連帯保証人を頼まれたあげく、借金取りに追い回されていただろう。だが、山口のように自分勝手に生きたなら周囲と軋轢が生じる。
要はバランスが重要なのだ。相手を見極めてから親切にしなければならない。
*
強い日差しが照りつける中、俺達はホンダN-BOXに揺られてリザードマンの領地に行く。
通商許可証をポケットに入れ、車にはドッグフードや生活雑貨用品を満載している。
森の奥に入ると、うっそうとした林に遮られて進むことが出来なくなった。
運転していた藤堂さんが車から降りて荷物の中からチェーンソーを取り出す。そのエンジンをかけて前方の障害物を伐採していった。これでリザードマンの住みかの近くまで車で行くことが出来るようになるだろう。
道が切り開かれる都度に健司さんが車を進めて走行に問題がないか確認。
道路整備は彼らに任せて、俺はリュックを背負い、一人で首領の家に向かった。
汗をダラダラかきながら山道を登っていく。真夏に小太りオヤジが重い荷物を背負って坂道を登るのは酷なことだが、お金を儲けるためだから仕方がない。
やがて景色が開けてリザードマンの集落が見えた。
見慣れぬ人間の姿をいぶかるリザードマン達を抜けて、真っ直ぐに首領のログハウスを目指した。
挨拶をして小屋の中に入る。
「ウンパパ様、このたび、商売に参りました。よろしくお願い申し上げます」」
床に座って深く頭を下げた。
「ああ、良いだろう。好きなだけ商売をするなり、砂金を取るなりすれば良い」
部屋の奥に座っているリザードマンの首領は快く承認してくれた。
これをどうぞ、と言ってリュックからドッグフードを取り出して前に差し出す。百円ストアーの物ではなくデパートで買った高い物だ。
「おお、これはすまんな」
そう言って笑顔の首領。本当にドッグフードが好きなんだ。
その他に日用雑貨や食品の缶詰をプレゼントして小屋を出た。
リザードマンはトカゲ型のモンスターだが、話をすれば分かり合える。コミュニケーションが出来て価値観を共有できれば、相手がモンスターだろうと理解し合えるのだ。
水辺に沿って歩いて行くと、ウポンケ様の聖廟がある。中を見ると黄金のリザードマン像。日本で売れば台座を除いても10億にはなるかな。
それはリザードマン族にとっては聖なる像なので、お辞儀をしてから離れていった。
チェーンソーの音に向かって歩いて行くと、軽自動車が通ることが出来る道路は、かなり延びていた。
「お疲れさまです」
「おお」
藤堂隊長は汗を流しながらチェーンソーで道を切り開いている。
あれからずっと休みなしで働いていたのか。さすが、元自衛隊だぜ。
リュックに車の荷台の荷物を詰めて、またリザードマンの集落に向かう。
適当な場所でビニールシートを敷き、リュックの中身を広げた。
「佐藤商会の出店でーす! 商売に参りましたー!」
大声で呼び込みをすると、数匹のリザードマンが集まってきた。
「どうぞ、試食してください」
そう言ってドッグフードの袋を開く。まずは彼らに好評のドッグフードで釣ってみよう。
プラスチックのボウルにドッグフードを入れて、彼らに差し出すと、用心してクンクンと匂いを嗅いでいる。
「うん、良い香りだな」
槍を持ったリザードマンがボウルの中から粒をすくってカリカリと食べた。
「おお、これは旨い」
それに釣られて他のリザードマンも食べ始める。
「この商品は砂金か、またはゴールドの飾りと交換します」
俺が説明すると、彼らは自分の家に帰っていき、たくさんの黄金製の装飾品を持ってきた。
苦労して川で砂金を取るよりも、リザードマンが持っている金製品と交換した方が効率的だと考えたのだ。
ドッグフードの袋と装飾品を交換する。すると大勢のリザードマンが集まってきた。
最初は懐疑的だったが、こちらに敵意がないと分かるとリザードマン達は友好的に変わる。
すぐに商品は無くなってしまったので、自動車の所まで彼らを案内した。
藤堂さんと健司さんは道路工事を中止して、俺の商売の手伝いをする。
商品は全て売り切れてしまった。荷台には大量の砂金が入った袋と黄金の飾り。100キロはあるだろうか。これは大儲けだぜ、グヘヘヘヘ……。
シンヤードの町に凱旋だ。車のエアコンが効きすぎて、汗まみれの体が冷え切ってしまったが、そんなことはどうでも良い。揺れる車内、後ろの荷台を見ると段ボールに入ったゴールドが光っているのだから。
何度も荷台を確認してニヤニヤしている俺を見て、藤堂さんは苦笑いを浮かべていた。




