第48話、横浜デート
二人はホンダフィットに乗って伊勢佐木町に繰り出した。
有料駐車場に車を停め、歩行者天国をアベックで歩いて行く。
トルティアは白いブラウスと短めのスカート。プロポーションは最高で、他の男の視線がまとわりついているのが憎たらしい。できるのなら二人きりのときだけ、きわどい服装をして欲しいものだ。
「コウイチはどんな服が好きなの」
俺の手を握って聞いてきた。
「ああ、そうだね……、おとなしめの服が好きかな」
歩いている男達に彼女の体のラインを知られたくない。着ているブラウスは体にぴったりしているので、胸のボリュームは明確になっているのだ。もっとフワッとしたワンピースなどであればスタイルは分からなくなるだろう。
「そう? じゃあ、今日はコウイチの好きそうなファッションを探してみようかな」
グッと腕に抱きついてきた。ホニャとした胸の感触。前から歩いてきた女連れの若い男が鋭い視線で俺を見る。歳が離れているから援助交際だとでも思っているのか。あんたも女を連れているから構わないだろう。
男というものは女とデートしていても他の良い女を見つけると目移りしてしまうものなのか。
大きなビルにあるファッションショップに入った。
「どんな服が好きかなあ」
トルティアが聞くので、なるべく地味な服をサーチする。
「これなんかどうかな」
俺が指さしたのは、薄茶色のジャンパースカート。シックな雰囲気で体の線が目立たない。
「えー、これー? まあいいか。コウイチが好きなら」
彼女は服を持って試着室に入った。彼女は派手なコーデが好きなのか。
トルティアは俺が選んだジャンパースカートを着て店を出た。
落ち着いたレストランで昼食を食べる。いつもいつもマクドナルドというわけではないぜ。
それからタクシーに乗り赤レンガ倉庫に着いた。歩いて行っても良かったのだが、トルティアが異世界に帰る時間が迫っているので、時間がもったいない。
休日なので人がたくさんいた。アベックもいっぱいだ。平日に来れば良かったかな。
公園に行くと横浜港が見渡せる。
「ああ、日本で良い世界ですね。どんな物でもそろっていて、お金さえ出せば何でも手に入る」
トルティアは欄干にもたれて夢見ているような表情。
「そうかなあ。俺は窮屈な国だと思うけど……」
シンヤードの町の方が伸び伸びとしている。
「コウイチは贅沢なんですよ。ヤオジの村ではお爺ちゃんの代わりに村人の面倒を見なければならないし、自分のやりたいことなんか自由に出来ませんよ」
トルティアは苦労してきたんだな。俺も苦労してきたと思うけど、その種類が違うのだろう。
「私も日本に生まれれば良かった」
横顔を覗くと視線は遠くの船を見ているようだ。
俺は異世界に生まれたかったよ、と返そうとしたが、もしかしたらそれは逃げなんじゃないかなと思って黙り込む。
この世界では行き詰まってしまったが、考え方や方向性を変えたら、また別の生活があったのかもしれない。普段から将来を考えて、それまでの人生を吟味して努力すれば、納得する仕事をすることが出来たのかも。
今まで俺は自分の人生を切り売りして生きてきた。自分がやりたいことはなんだったんだろう。黙っていても歳は重なっていく。自分の時間を何かに投資するような人生を歩むべきだ。人間は生き急がなければならないと、しっかり学校で教えてくれよな。
何かをごまかすようにトルティアの細い肩に手を回した。
彼女はチラリと俺を見て、また海に視線を戻したが、その顔は笑顔だった。
夕食はランドマークタワーのレストラン。
リザードマンの領地から砂金を入手することが出来たので、気分もデカくなっている。今日は本格的なデートなのでマネーに糸目は付けない。財布の紐は引きちぎっちゃったよ。
スカイラウンジで町の夜景を見てからエレベーターを降りた。
*
トルティア薬局に帰ったのは、夜も更けた頃だった。
二人は荷物をまとめて異世界に転送する準備。これからシンヤードに行けば、向こうは朝か。
異世界と日本は半日ほど時間がずれている。思えば、寝ないで丸一日くらい行動していたな。でも気分は高揚しているので眠くはない。
「じゃあ、行きましょうか」
そう言ってトルティアはバッグを俺の前に置いた。中には日本で買った服や雑貨が入っている。彼女が薬局で稼いだお金は俺がクレジットストーンにチャージしてあげている。
「あ、あの……トルティア。今回は別の転送方法を試そうと思うんだけど……」
「別の方法?」
彼女は不思議そうな顔で、赤面した俺を見る。
「うん、いつもは背中にオンブしているだろ。今度は前に抱っこして行こうと思うんだ」
念願のお姫様抱っこ。いつかはやってみたいと思っていたんだ。
トルティアは頬をほんのり染める。
「まあ、いいですけど……」
それではということで、バッグの中身をリュックに詰め替えた。
彼女の気が変わらないうちにリュックを背負ってトルティアの前に立つ。
「じゃあ……いいかな」
小さくうなずいたので、腰を下げて下半身を固定した。ここでギックリ腰などになったらシャレにならない。何よ、私が重いって言うの、と切れられたら世界は終わりだ。
俺は彼女の腕の下に右手を回し、左手で膝の下をグイッと持ち上げた。
あー、女の子ってけっこう軽いんだ。
彼女の顔が近い。柔らかい体が密着して熱い体温が伝わってくる。トルティアはうつむいてしまった。
「じゃあ、行くよ」
ずっとこのままでいたかったが、そうもいかない。
シンヤードの佐藤商会を思い浮かべる。
棚に並んでいる色とりどりの薬。その色相が曖昧になり、やがて黒い絵の具で塗りつぶされた。
*
異世界に到着。
佐藤商会の事務所には、トルチェと健司さん、それに藤堂隊長がいた。
「キャー、お姉ちゃん。だいたーん!」
お姫様抱っこされたトルティアを見て、妹のトルチェがはやし立てる。
「これは違うのよ。ちょっと転送の実験で、……ねっ、そうでしょコウイチ」
トルティアは慌てて床に降りた。
「ああ、そうだよ。違う形で転送したらどうなるかなって……」
焦って言い訳。リュックを背中から外す。
「まあ、好きにしなよ」
金髪の健司さんは関心が無いようだ。
「あらま、いつの間にかデキちゃったのね。私もお姫様抱っこしてもらいたいわー」
そう言って近寄るホモデブの長沢。
「近寄ってくるんじゃねえよ」
俺はリュックで押しのける。
「それはそうと、佐藤さん。ちょっと変な噂を聞いたんだがな」
藤堂隊長が腰に手を当ててドッシリと立っている。いつもながら存在感のある隊長さんだ。
「変な噂?」
「うむ、あの山口が冒険者達を集めているそうだ。大金を使って相当な人数を募集しているそうだぜ」
「山口が……」
嫌な予感がする。やつは何を企んでいるんだ。
ギルドにおいて冒険者を求めることは誰にでもできる。お金さえ払えば、掲示板に募集内容を貼ることができるのだ。
トルティアとデートしてホンワカとした気持ちが一気に冷えてしまった。




