第47話、トルティア薬局ふたたび
「ねえー先輩、お願いしますよ」
オヤジのくせに猫なで声を出すな。
「うるさいな。ダメだって言っているだろ」
しつこく俺に付きまとっている山口だった。夕方に来て、夜になっても事務所に居座っている。
「そんなこと言わずに、ちょっとだけ許可証を貸して下さいよ」
シンヤードの佐藤商会。机で売り上げを計算している俺の横に山口が立ち、リザードマンの通商許可証を要求している。
「何でお前に貸してやらなきゃならないんだよ。まず、俺から盗んだ砂金を返せ」
睨んでも、山口は「そんなことがありましたかね」という顔でそっぽを向く。
「リザードマンと交渉しに行ったときも、お前は勝手に転送して逃げただろうが」
やつは悪びれずにニコリと笑う。人懐っこい笑顔だが、中身は最悪だ。
「まあ、君子危うきに近寄らず、ということですよ」
ニヤついている顔が憎たらしい。
「虎穴に入らずんば虎児を得ず、だよ。危険を冒した者だけが利益を得ることが出来るんだ。お前はいつも楽をしてお金を稼ごうとしているよな」
人に説教するほど偉くはないが、こいつには文句を言ってやりたい。
「まあ、いいじゃねえかよ、佐藤さん。ちょっとくらい貸してやれよ」
山口の肩を持ったのは金髪の健司さん。いつもの自衛隊迷彩服。
「万事、独り占めは良くないぜ。少しは分け合わないと物事がスムーズに行かないものさ」
「そうですよ、先輩。良いことを言うなあ、健司さんは。私にも砂金で儲けさせて下さいよ」
しかめ面で山口を見る。まったく、調子の良い野郎だ。
「その代わり彼には荷物の転送を手伝ってもらえばいいだろう。日本人同士、お互いに助け合わないとな」
健司さんの言葉に、うんうんと力強くうなずく山口。
「お断りします!」
きっぱりとはねつける。
「俺は山口を信用していません。こいつに許可証を貸したとして、いい加減な態度でリザードマンを怒らせるかもしれない。せっかく良好な関係を築いたのに、こいつのせいでぶち壊しになるかもしれないでしょ」
何度こいつに煮え湯を飲まされたと思っているんだ。
山口は、ちぇっと舌打ちして事務所を出て行った。ため息をついて健司さんは苦笑い。
*
俺はトルティアの荷物をリュックやトートバッグに入れて、転送の準備をした。
バッグに入っている物は彼女が選んでおいた薬草などで、それを日本のトルティア薬局に俺が転送する。
山口のせいで薬局は閉店に追い込まれたが、やつに邪魔される心配が無くなったので、店を再開することにしたのだ。
「じゃあ、行ってきます」
背中にはリュック、両手にはトートバッグ。重いけれど、何回も転送していたら慣れてくる。少しずつ筋力も付いたようだ。
重量物はカリーナの浮遊魔法を使うという手もあるが、魔法は1週間に1回しか使うことが出来ないので、もっぱら日本からの荷物を運ぶときに頼んでいる。
「いってらっしゃい、お兄ちゃん」
可愛い声で見送りしてくれるのはトルチェだった。気を遣ってオジサンではなく、お兄ちゃんと呼んでくれる。彼女は15歳で少し小柄だ。胸も控えめだが、そのうちに姉のトルティアのように大きくなるかもしれない。
横浜のトルティア薬局を思い浮かべる。
佐藤商会の事務所が白い霧で満たされ、やがて光を失う。
日本のトルティア薬局に転送完了。
「ああ、いらっしゃい。コウイチ」
机で事務処理をしていたトルティアが立ち上がって迎えてくれた。けっこう親密になって、今では俺の名前で呼ぶようになった。
仕事着である白衣を着ていても、胸のボリュームは明確だ。
「ああ、ただいま。トルティア」
俺は荷物を下ろした。
「ずっと日本にいるから、ヤオジの村か日本、どちらが自分の家か分からなくなってきたわ」
そう言って薬草の入った荷物を片付け始める。
俺は笑いながら「そうかい」と言って白衣を着る。今日はお客が来るので、その手伝いをすることになっていた。
しばらくすると、ドアをノックする音がした。
俺がドアを開けてお客を招き入れる。
「いらっしゃいませ」
立っていたのは、ヨボヨボのオジイサンだった。でも、身なりは立派だ。白いサマースーツはオーダーメイドだろう。
「よお、トルティアちゃん。また尿路結石になっちまったよ。ひとつ頼むわ」
気安い言葉をかけて中に入ってくる。
「ああ、財前のオジイサン。またですか、すぐに診察しますね」
トルティアはジイサンをベッドに寝かせて、その上に手をかざした。
「ああ、膀胱に小さな粒ができていますね」
「そうなんだよ、トルティアちゃん。以前からガンガン痛みだして仕方がないよ」
尿路結石は痛みの王様と聞いたことがある。
「では、ヒーリングをかけます」
そう言って目をつむり、精神を集中している。
横で見ていても、トルティアの手のひらからホンワカとした何かが出ているのが感じられた。俺も体調が悪いときは治癒魔法をかけてもらおう。
「おー、気持ちいい―。痛みが引いていく」
シワだらけの笑顔。
彼女は、薬を調合しますと言って、奥に入っていった。
やがて持ってきたのは蛍光色イエローの液体。ペンキのようなドギツイ黄色の薬がコップの中で揺れている。
俺はトルティアのことを好きだし信頼しているが、蛍光ペンのような色を見ると飲むことがためらわれるかも。
「これを飲むんだよな……」
ガラスのコップを手に取ったジイサンも恐れをなしているよう。
「はい、ぐーっといってください」
屈託のない笑顔のトルティア。
「まあ、若い看護婦から鎮痛用の座薬を入れられるよりかはマシだわな」
覚悟を決めてグビグビと一気飲み。
「カハーッ、マズい」
トーンとコップをテーブルに置く。いつもの決め台詞だ。
「これでお腹に出来た粒も溶けていきますよ」
笑顔のトルティア。
「良かったですねー」
俺は作り笑い。営業スマイルも板に付いてきたかな。
お金持ちのジイサンは100万円の札束を出し、「ありがとなー」と言って去って行った。
診察料は決まっていないのだが、慣例で1回の治療が100万円となってしまったようだ。でも、やってくるお客は金持ちだけだから心は痛まない。
部屋には二人きり。
「今日の予約は、これで終わりですよ」
笑顔のトルティアは俺の右手を両手で握って、おねだりするようにブンブンと左右に振っている。
「じゃあ、買い物にでも行こうか」
俺の顔はニヤついているのだが、自分ではどうしようもない。
窓からは昼前の日差しが入り、床に反射して東向きの部屋を明るくしていた。




