第46話、交渉
リザードマンに連れて行かれたのは、彼らの集落だった。
水辺に集まっている家屋は、ほとんどが木造で、窓や入り口などは革や布で補填されていた。
知能は人間とほとんど同じだが、狩りなどを生業としている自然と密接な関係を持った生活。リザードマンは自然と調和して生きることが文化なのだろう。日本側の世界のように科学の発達と人間の利得に執着した文明ではない。
槍や剣を持ったリザードマンの戦士に囲まれながら首領の家に行く。
こちらが携帯している自動小銃は取り上げられなかった。リザードマンにとって危険と見なすのは剣や弓であり、銃が強力な武器だと知らないのだ。
俺達三人は、湖のそばにある大きな丸太小屋に入った。
山口の姿は見えない。あの野郎、勝手に転送して逃げやがったな。
家の中は思いのほか広かった。ここがリザードマンのリーダーの住まいなのか。
床には布が敷かれ、奥では大柄なリザードマンがあぐらをかいて俺達を見ていた。
「私はリザードマンの長、ウンパパである」
ちょっと他のリザードマンよりも大きいくらいで、他のリザードマンと見分けが付かないのだが、その後ろに控えている数匹の近衛兵よりも威厳はあるようだ。
「お、俺はシンヤードの町で商売をやっている佐藤という者です」
動揺しているのが自分でも分かる。ここが勝負時だ、落ち着かないと……。間違えれば殺されるかもしれない。命がけの交渉だ。
「それで、どのような要件で私たちの縄張りに入ってきたのか?」
ギルドとリザードマンは特に不可侵条約などを結んでいるわけではない。だが暗黙の了解による境界線があり、お互いの領分を侵さないことを不文律としていた。
俺は一つ深呼吸をして落ち着く。
「はい、俺達はリザードマンと契約を結ぶために来ました」
「契約とは?」
「あなたたちの領地で砂金を取らせていただきたいのです」
「砂金……?」
ウンパパは目を細めて後ろの護衛をチラリと見る。
「砂金とは、川の底にある光る砂のことか?」
「その通りです」
落ち着いて良く見ると、ウンパパの首飾りなどは金色に光っている。あれはゴールドなのか……。リザードマンには鋳造技術があるらしい。
「そんな物を取って、どうするのだ」
リザードマン社会でも砂金は価値が低いようだ。良かった、これで交渉が上手くいくかも。
「はい、それを日本……えーっと、異世界に持っていくと高く売れるのですよ」
ふーんと言って腕組みをするリザードマンの首領。
「タダとは言いません。プレゼントを持ってきました」
俺と健司さんは持ってきたリュックを開けて、中の物を床に広げた。
百円ストアーで買ってきた雑貨や食料。リザードマンにとって何が重宝するか分からないので、とにかく手当たり次第に詰め込んできたのだ。
興味を持ったのか、ウンパパは身を乗り出す。
「これは何か?」
柄付ブラシを持って俺に聞いた。
「それはブラシですよ。掃除するときに汚れを落とすために使います」
そうか、と言ってブンブン振っている。プラスチックなどの材質を見たことがないのだろう。
後ろに控えていた数匹の護衛も百円グッズを物珍しそうにいじり始めた。
ドッグフードの袋を開けて中の匂いを嗅いでいる。
「良い香りがするな。これは食べられるのか」
食べることは可能だと思うが。
「ええ、まあ」
するとドッグフードをポリポリとかじって食べてしまった。
「おお、旨いぞ。こんな物は食べたことがない」
それを聞いて他のリザードマンも手を伸ばして食べ始める。ドッグフードは瞬く間になくなってしまった。
「おい、お前ら。客人の前でぶしつけであるぞ」
首領がたしなめると近衛兵達は黙りこんで下がっていく。
「では、砂金を取りに来るたびに、このような貢ぎ物を持ってくるということか?」
「はい、その通りです。ウンパパ様」
するとリザードマンの長は深くうなずいて、おごそかに言った。
「よし、……サトウとか申したか。そなたに我らの領地に入って砂金を取ることを許可しよう」
「ははーっ」
俺は深く頭を下げた。
やったー! これで砂金をゲットだぜー。また日本と異世界の通商による錬金術を再開できる。交渉成功だー!
しばらく待っていろと指示されたので、俺達三人は部屋で待機することになった。
「おい、佐藤さんよお。取引は上手くいったのか?」
健司さんが心配そうに確認してきた。
そうか、交渉内容は異世界の言葉だったので、彼には分からなかったのだ。
「はい、何とか成功したようですよ」
日本人と話すときは、自動的に日本語に変わる。美幼女悪魔のコパル様も便利な翻訳能力を与えて下さったものだ。
やがて、ウンパパが部屋に戻ってきた。
「これをお前に与えよう」
そう言って差し出されたのは、トランプカードくらいの木の板。トカゲ人間のレリーフと変な文字が彫ってある。翻訳魔法は異世界の文字までは理解させてくれない。
「それを持っている者は我が領土で行動することが出来る」
そうか、通商許可証のような物か。
「ははーっ。ありがとうございます」
俺達は平伏して礼を表した。
家を出ると3匹のリザードマン戦士が後ろに付いてきた。
送ってくれるのか、それとも監視のつもりなのか。
長沢が待っている車に向かう途中、柵に囲まれた聖廟のような立派な小屋があった。
その扉が開いていたので、中を覗いてみるとゴールド製の等身大リザードマン像が鎮座している。その豪華なイスも金で出来ているよう。
「これはなんでしょうか」
後ろのリザードマンに聞いてみた。
「これは偉大な戦士、ウポンケ様である。昔、人間との大戦があったときに我らリザードマンを率いて勝利に導いたのだ」
胸を張って自慢している。
「はあ、そうなんですか」
台座を除いても重さは100キロ以上か。日本で売れば、二億円以上になるだろう。
彼らにとっては神聖な像なのだろうから、お辞儀をしてから俺はその場を離れた。
リザードマン達は軽自動車の所まで付いてきた。
よく見ると、彼らは金の装飾を取り付けた首飾りをしている。
「その首飾りは大事な物なのですか」
俺が聞くと、相手は首を振った。
「いや、ただの飾りだが……」
動物の牙を形取ったゴールドのパーツがたくさん紐に結んである。
「ならば、こちらの商品と交換してもらえませんか」
俺は車のハッチバックを開けて中からドッグフードの袋を取り出す。
「おお、こんな物でいいのか」
彼は太い首から首飾りを外して俺に手渡した。代わりにドッグフードを渡す。
「俺にも交換してくれないか」
他のリザードマンが自分の首飾りを外して俺に手渡した。
「はいはい、いくらでも喜んで」
持ってきたドッグフードを全てプレゼントした。ついでにキャットフードもおまけだ。
俺に手には首飾りがジャラジャラと光っている。3キロくらいあるだろうか。すっげー大儲けだぜ。命がけでやってきた甲斐があったというものだ。




