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異世界転生、おっさんニートの成功物語  作者: 佐藤コウキ
第3章、宿敵
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第44話、世界は天然色


 季節は初夏。日本も異世界も季節の移り変わりは同じようだ。

 馬車と比べてホンダの軽自動車はデコボコ道でも揺れは少ないので快適。さすが日本車のサスペンション。

 俺が運転するN-BOXはシンヤードの町の城門にたどり着く。

「そうだ、カリーナ。良かったら佐藤商会で働いてみないか」

 誘ってみてチラリと助手席の彼女を見る。

 浮遊魔法を使える少女を会社に入れれば何かと便利。というか、カリーナがいなければ大量輸送ができないので困ってしまう。

「せっかくのお誘いなんですけど……」

 うれしそうな困ったような表情をしている。

「ダメか……」

「はい……」

 そう言って小首をかしげる彼女。

「両親を亡くした後、ギルドに面倒を見てもらった恩がありますので……」

「給料をはずむけどな」

 俺の言葉にカリーナはクスッと笑った。

 そういった問題じゃないんだろうな……。とりあえず残念だが、あきらめることにするか。まあ、1ヶ月に1回しか魔法を発動することができないのだから必要なときだけ呼ぶという手がある。


 城門の中に入ると、軽自動車は人目を引いた。

 そりゃそうだよな。今まで自動車などという物は見たことないのだろう。後ろから子供達が走って追いかけてくる。


 ギルドの前に停車させ、山口を連れて建物の中に入る。

 カリーナは職員に話をして、山口を連行していった。

「ちゃんと、お勤めを果たしてこいよ」

「うるさいデスよ、先輩」

 俺が言うと、やつは苦々しい笑いで答えた。

 これでしばらくは憎たらしい顔を見ないで済む。


 佐藤商会に行くと、藤堂さん達が軽自動車に驚く。俺は経緯を説明した。


「それはいいな! これで武器や弾薬を十分にそろえることができる」

 藤堂さんは目を輝かせている。

 まったく、戦闘オタク達は戦うことしか考えていないのか。

「まあ、カリーナは月に一度しか魔法を使うことができませんけどね」

 一応、釘を刺しておく。

「そうなのか……」

 藤堂所長は残念そう。どれだけ武装することを考えているんだよ。

 とにかく、転送能力を持っているのは俺だけなんだから、佐藤商会の商品を優先して転送するつもりだ。


 1階の店内を見回すが、トルティアの姿がない。俺が異世界に帰ってきたときは、いつも出迎えていたのだが。

「トルティアはどうしたんですか」

 自動車を恋人のようになで回している藤堂さんに聞く。

「さあ、2階にいるんじゃないかな?」

 こちらを見ずに答えた。

 俺は階段を上り、事務所のドアを開ける。部屋の隅にトルティアがいた。

「やあ、ただいま」

 挨拶してもトルティアはイスに腰掛けたままプイと横を向く。あ、何か嫌な予感がする。

「山口の野郎は逮捕したよ。これで一件落着だね。それに、下の自動車は見たかなあ。重い物を運ぶめどがついたんだ」

 明るい口調で言ったのだが、返事が返ってこない。少し間があってから、

「そうですか……」

 というトルティアの素っ気ない答え。

「何かあったの?」

「別に……」

 冷たい返事だ。こんな彼女を見たのは、初めて会ったときに勝手にポーションを飲んでしまって怒られたときだ。それ以来は、優しくて笑顔がキュートなトルティアだったのだが。

 気まずい空気。どうやって話をつなげようか。

「あの重い自動車はカリーナが魔法で宙に浮かせてくれたからなんだ」

 それを聞いて彼女の体がピクッと動く。

「そうですか……、カリーナさんですか。すごく仲良くなったんですね。丸1日も日本で何をやっていたんですか。どうせ、車でデートしていたんでしょ」

 ほっぺたを膨らませている。それも可愛いのだが……。

「いや、デートじゃないよ。あちこち車で回ったけど、山口の件で世話になったから洋服とかプレゼントしただけだよ」

 今日のトルティアはおかしい。

「それはお優しいことで。サトウさんは男の人が好きなんだと思っていましたよ」

 口をとがらせて言う。

「そんなことはないよ……」

 そうか……もしかして、トルティアは焼きもちを焼いているのか?

「どうせ私のことなんか……」

 つぶやくように言って泣きそうな顔で下を向く。

「そんなことはない!」

 大きな声に驚いて顔を上げる彼女。

「そんなことはないよ、トルティア」

 この後の言葉をどうやって続けようか。彼女は目を大きく開いて俺を見ている。

「お、俺はトルティアのことを思っているよ」

 好きだという言葉を放つことができない。恋愛経験が非常に乏しい俺は、この状況で何を言えば良いか分からないのだ。


 10歳以上も年齢が離れているトルティア。俺みたいな冴えないオヤジが女子高生くらいの美少女と付き合えるはずがない。強気に出ることができないのは心の根底に暗い劣等感がこびりついているからだ。


「……私もサトウさんを思っていますよ」

 無理に笑顔を作ろうとしたのだろう。小さくて紅色の唇がこわばっている。

 どういう意味だ……? トルティアが言ったことは……そういった意味なのか。

 体がカーッと熱くなった。もう言ってしまおう。

「トルティアさん……。あ、あの、お、俺と付き合ってくれな……ませんか?」

 舌が思うように回らない。

 彼女の顔がパーッと明るくなった。

「は、はい。サトウさん。喜んで……」


 体が浮き上がるとはこのことだ。

 胸に水素ガスが詰め込まれたようで、心臓がポアンポアンする。今まで白黒の映画を見ていたのが、急に極彩色のカラーで満たされた。平面的だった世界がニョキニョキと立体化し、足は宙に浮いているが感覚は時間の流れと密着している。

 顔面は喜びで崩壊しているだろう。

 ああ、俺は生きている。好きな女の子と付き合うことができるということだけで生の実感が生まれた。今まで死んでいたのかもしれない。


「これからもよろしく」

 俺は手を差し出した。握手かよ、なんか儀礼的。

「はい、よろしくお願いします」

 そう言って手を握り、そのまま俺の体に接してきた。トルティアの荒い息と上下している胸の膨らみが間近に感じられる。彼女も興奮しているのだ。

 軽く彼女の細い肩を抱くと、俺の心臓は経験したこともないくらい激しく動き始めた。

 ああ、俺は死ぬのかなあ。このまま死んでもいいかな。

 昼前の薄暗い事務所。俺は幸福感に満たされていた。


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