第43話、一件落着
「本当に重い物を浮かせることができるんですか?」
俺の問いにカリーナはニコリとうなずく。
「はい、荷物をたくさん積んだ荷馬車が、ぬかるみにハマったときには私が浮遊魔法で持ち上げていましたよ」
美少女は自信ありげだ。
荷台が満載状態の馬車なら3トンは下らないだろう。すると大型のSUVでも転送することが可能ということかな。
麻美さん達は、いぶかしげに俺を見ている。この中で異世界の言葉を理解できるのは俺とカリーナだけ。
「佐藤さん。何がどうしたの?」
「麻美さん、問題解決ですよ。カリーナが重い物でも魔法で宙に浮かせることができるそうです」
三人から、ほうっという声が上がる。
「じゃあ、自動車とか機関銃とかをいっぱい運べるわけだな」
健司さんは物騒なことを言っている。
「そういうことですよね。これで佐藤商会も商売繁盛だ」
商品の流通が効率良く行えるよな。
「ああ、藤堂冒険事務所も武器などが装備充実になるぜ」
まったく、この金髪の戦闘凶は戦うことしか考えていない。
「あのう……」
済まなそうにカリーナが話に割り込む。
「盛り上がっているときに申し訳ないんですが」
「え、なに?」
「浮遊魔法は月に1回しか使うことができないんですけど……」
「あ、そう……」
心のテンションが下がった。でも、無理に持ち上げる。
「あ、いや、それでも十分だよ。今までは重い物の転送はあきらめていたから、それよりはずっと良くなったさ」
物事に完璧を求めてはいけない。5割の状況改善で良しと思い、8割なら大満足、完全なら奇跡と思わなければ。
「それに持ち上げる時間は1分くらいが限界なんです」
「ああ……それは大丈夫。俺が転送するときは1分もかからないよ」
そう言って力強くうなずく。
「そうですか。サトウさんの役に立てて私、うれしいです」
笑顔のカリーナ。もしかしたら俺に気があるのかな。
……そんなことはないだろう。女の子に優しくしてもらうと、俺のことを好きなのかと期待するのは全ての男子に共通する悪い癖だ。それに俺にはトルティアがいる。浮気するなんてことは絶対できるはずがない。
……と言っても、付き合っているわけではないのだが。
とにかく重い物を転送しようということになり、探偵事務所で使っているホンダのN-BOXを送ることにした。
俺が買ったのだが、今は藤堂探偵事務所の社有車のようになっている物だ。いつも、1階の倉庫に駐車している。その後部に異世界に転送予定だった荷物を運び込む。俺が持っていくのなら10往復はしないとダメだろう。
*
夕食を食べた後、いよいよ転送することにした。
後部の荷物をチェックした後にカリーナが乗り込む。
浮遊させる物体の近くにいた方が魔法を使いやすいということだったが、もしかしたら俺にオンブされるのが恥ずかしいのかもしれない。
ドクターも異世界に行ってみたいと願っていたが、最初の重量物転送なので、余計な人間は乗せないことにした。マッドドクターを異世界に送ったらモンスターを解剖しまくるのではないか。
事務所の、今は駐車場となっている1階の倉庫。
シャッターを閉めて暗い駐車場に置いた軽自動車。荷物は満載で、総重量2トンは超えているだろう。本当に浮かせることができるのだろうか。
「では、行きましょう」
カリーナが助手席乗り込んだ。
俺はドアミラーにロープを結びつけて、その端を握った。
「私も連れて行ってください」
その声に振り向くと山口がいた。
「なんだよ。まだギルドに出頭していなかったのかよ」
山口の顔を見ると気分が落ち込む。
「佐藤先輩がどんな風に転送するのか見てみようと思いましてね」
やつは勝手に運転席に乗り込んだ。
「カリーナちゃん。よろしく」
はあ、と言って彼女が小さくうなずく。
「降りろよ。お前には関係ないだろう。自分で転送できるのに、わざわざ俺に転送されたいのかよ」
「まあ、いいから、いいから」
山口は薄笑いを浮かべて降りる気配はない。
「降りろって言ってんだろ!」
怒鳴っても動じない。やつは自分の転送方法と俺の転送を比べてみたいのか。こっちの方がレベルが高いからな。それともカリーナと一緒にいたいのか。
「佐藤さん。まあ、いいから転送しろよ」
なだめたのは健司さんだった。
「面倒だから、さっさと実験してみようぜ」
俺は渋々とうなずいた。
「では、カリーナ。頼むよ」
はい、と言って目をつぶる少女。精神集中しているようだ。呪文を唱えているようだが、車の外からは良く聞こえない。
ブーンと小さく振動音が聞こえてきた。
ゆらりと自動車が震えて、ゆっくりと上昇した。
見物している麻美さん達から感嘆のため息がもれる。
今度は俺の番だ。車につながっているロープを握りしめた。
集中してシンヤードの郊外を思い浮かべる。町中では人に衝突するかもしれない。
暗い倉庫が白々とかすんでくる。そして、一気に暗闇に落ちた。
*
目の前には野原が広がっていた。スライム退治の時に通った道。朝の日差しが草原を輝かせていた。
実験は成功したようだ。やはり、転送ルールは適当で、穴だらけのよう。これで大量輸送が可能になる。
ああ、でも、トルティアやカリーナの胸の感触を味わうことができなくなったのか。
「先輩、グッジョブ!」
山口が親指を立てて成功を祝っているが、うれしくはない。
俺は運転席に座り、シンヤードの町を目指す。
N-BOXは軽自動車だが、4WDのターボタイプだから馬力はあるし、多少の荒れた道でもオーケーだ。
畑の中を長く伸びる道。しばらく走っていると、シンヤードの城壁が見えてきた。




