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異世界転生、おっさんニートの成功物語  作者: 佐藤コウキ
第3章、宿敵
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第42話、重量物転送


「俺は反対ですよ! あんな野郎を何で探偵事務所に入れるんですか」

 健司さんは何を考えているのか。俺の剣幕を見てカリーナが戸惑っている。

「まあ、落ち着けよ。いいか、山口は佐藤さんと同じ転送能力を持っている。つまり、あいつを雇えば転送できる物が2倍になるだろう」

 そういうことか……健司さんの話に納得はできるんだが。

「でも、あいつは必ず問題を起こしますよ」

 人の物を盗むようなやつを仲間にするわけにはいかないだろう。

「人は誰でも多少の問題を抱えているものですよ。短所が無い人間なんて存在しません」

 ドクターが黒縁の眼鏡をついっとあげる。あんたが言うと説得力があるな。

「まあ、転送能力者が二人いれば、重い物を持っていくことができるわよね」

 麻美さんも賛成なのか。もう三人で話がまとまっているようだ。

「一人が50キロの物を持てるとして、二人なら百キロを運ぶことができるわ。可能性が広がるのよ」

 俺は黙り込む。理屈では納得できるんだが。

「でも、泥棒をするようなやつですよ。そんな前科者と一緒に仕事をするんですか」

 どうしても反対だ。一番の被害者は俺なんだから。

「サトウさん」

 今まで黙っていたカリーナが俺に話しかける。

「山口さんは罪の刻印を受けているんです。犯罪者であっても刑に服して釈放されたなら、もう真っ当な人間になっているんですよ」

 俺の言葉だけは翻訳の魔法でカリーナに伝わっていたのか。

 彼女は真剣に見つめているので軽々しく反論できない。

「罪を償っても許されないというのなら、人間は救われないじゃないですか……」

 それは正論なんだが……いや、それが正しい考え方なのか。日本なら、前科があれば本人が心を入れ替えて真面目に働こうと思っても雇ってくれる会社は非常に少ない。

 その偏見が間違っているのか。日本と異世界では前科者に対する認識が違っているらしい。

「もしかして、佐藤さんは心配なんじゃないの?」

 上目づかいで薄笑いをしている麻美さん。

「なんですか」

「トルティアちゃんを山口に取られると思っているとか」

「そんなことは……ないですよ……」

 心に深部がズキリとした。言葉が続かない。

「とにかくだ! 決めるのは藤堂隊長さ。俺は隊長の指示に従うだけだからな」

 決めつけるように健司さん。俺以外の皆がうなずいた。

 話の流れは決定したようだ。しかし、山口が承諾するとは限らない。とりあえず、ちょっと経過を見ることにしようか。


「ところで、転送できる物は転送者が持ち上げることができる物だけ、ということでしたよね」

 腕組みしているドクターが言った。

「そうよ」

 麻美さんが面倒くさそうに答える。

「でも、かなり重そうなコボルトも転送できたんですよね」

 ああ、と言って麻美さんが首をかしげる。

「そうだよな、前から俺も不思議に思っていたんだよな」

 と健司さん。

「もしかしたら、持ち上げるという定義が曖昧なのかもしれませんね」

「定義?」

 麻美さんがドクターをいぶかしげに見る。

「通常は持ち上げるというと、手で物体を上昇させ地面から離した状態で静止することですよね」

「はあ、そうよね」

 気が抜けたように麻美さんが返事をした。

「悪魔のルールでは一瞬でも、その状態になっていれば持ち上げていると認定するのかもしれません」

「はあ?」

「つまり、コボルトが佐藤さんに飛びかかって体に触れた、その直後に転送したのですよ。佐藤さんにコボルトが触れていて、さらに宙に浮いているという瞬間、それを『持ち上げている』と誤認してルール判定したと思います」

 さすがドクター。分析が細かい。

「じゃあ、一時的にでも持ち上げているという格好になっていれば重い物でも転送できるというわけなの?」

 ドクターはニヤリと笑って麻美さんにうなずき、話を続けた。

「コボルトが飛びかかった状態で転送したのに、日本に着いたときに佐藤さんは無事でした。それは、個体の全体に作用するベクトルは転送後に消失すると考えられます」

「どういうことなの?」

「例えば、高速移動している状態で転送しても、向こうでは停止した状態で表れるということです」

「なるほどなあ、それなら百キロ以上あるコボルトを連れてきたことも佐藤さんが押しつぶされなかったことも納得できる」

 ソファにドッカリと座っている健司さんが肯定する。

「じゃあ、擬似的にでも持ち上げているという体勢になっていれば転送されると?」

 俺の言葉にドクターがニヤつきながら首を縦に振る。

「だったら、板に磁石を取り付けて浮かせたらどうかしら。強力なマグネットだったら自動車くらいは乗せても平気なんじゃない?」

 麻美さんの提案にドクターは小さく首を振る。

「そんなに強力な磁石はありませんよ。ネオジム磁石をたくさん使うという方法がありますが、強力なマグネットは反発力が大きいので集結させることは難しいです」

「それに位置が安定しないだろうな。ガイドを取り付けないとフラフラしてしまうだろう」

 健司さんが身を乗り出して言った。

「コンプレッサーを使い、エアーを板に当てて姿勢を制御するという方法もありますが、かなり費用がかかりそうですね」

「どれくらいの値段になるんですか」

 ドクターに聞いた。お金の話になると、俺に来るからな。

「乗せる板だけで五百万円は下らないでしょう」

「かーっ」

 俺はのけぞった。

「それにベースの費用は一千万円以上にはなるかな」

 そんなに簡単に言うなよドクター。

「乗せる板は異世界に行ったら持ち帰ることができないよね。だから、使い捨てということになるわ」

「麻美さん、じゃあ1回の転送ごとに五百万円が必要ということですか……」

「そうなるわね」

 そうなるわね、じゃないよ麻美さん。

「もっと別の方法はないか。例えば気球を使うとか」

 あ、グッドアイディアかな、健司さん。

「ヘリコプターで吊り下げるっていう方法もあるわ」

「そうか、それなら何度でも使うことができますね」

 麻美さんの方法も現実的かな。

「しかし、個体のベクトルは消失してしまうという現象が発生します。転送したらヘリのプロペラが回転を停止してしまうという不安がありますね」

 ドクターの言うとおり、ヘリコプターは危険か。

「それに熱気球もヘリも、自動車のような重い物は運べないぜ」

 健司さんが否定的な意見。

「結局、重量物を転送することは無理なんですね」

 大きな息を吐く俺。

 俺が頑張って少しずつ運ぶしかないのか。まあ、大量輸送が可能になったら、トルティアやカリーナのオンブ転送ができなくなってしまうからな。


「あのう……サトウさん」

 ハッとして、カリーナを見る。

 彼女は事務用のイスに座っていた。さっき床に落とした買い物袋は机の上に移動されている。

「あのう……。何か重い物を浮かせるような話をしているんですか」

「ええ、そうですけど」

「私は浮遊魔法を使えるんですけど」

「えっ」

 そんな魔法があったのか、さすが異世界だ。

「荷物を積んだ馬車くらいなら宙に浮かせることができますよ」

「本当ですか!」

 大声を張り上げた俺を麻美さん達がビックリして見ている。カリーナの言葉は彼らに分からないのだ。


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